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吉田みのりさん「雪が溶けたら森に入る。植物を見て、この冬を振り返るために」

北欧の生活から得る、春の生活のヒント②

特集 春こそ、人生に祝福を! 2021.3.22

写真:吉田みのり
取材・文:出口夢々

コロナ禍で制限のある暮らしを強いられる、2021年の春。そんな環境だからこそ、新たな季節の訪れをより祝福したい。祝福の仕方を、長い冬を越えて春を迎える北欧の暮らしから得るのはいかがでしょうか?
ィランランド在住の吉田みのりさんに、北欧での春の迎え方や、春ならではの暮らしの祝福の仕方を伺います。
▼吉田さんがはじめてフィンランドで冬を越したときのお話はこちらから

 

フィンランドで学んだ自然とともに生きる術

 

——前回の記事で、フィンランドの冬は8カ月もあるとおっしゃっていました。その長い冬のあいだ、春を迎えるにあたって何か準備されることはありますか?

吉田私の夫はフィンランド人なのですが、フィンランドの実家だと、冬のあいだはとにかく畑の準備をしています。かなり広い土地なんですけど、個人で楽しむ、趣味のための畑なので、実験感覚で取り組んでいるんです。次の夏は何を育てたいか、どの植物を一緒に育てたらよく育つか、畑で育った植物はどうやって調理をするか——自分たちの育てたい花や野菜の調べ物をして、頭のなかで畑の準備をしたり、紙に設計図みたいなものを書いて用意したりしています。

フィンランドでは10年ほど前から、土いじりがブームになっているんです。私の夫の実家の場合は庭に畑があるんですけど、都市部に住んでいる人は街の公園の一画にある畑を借りられるサービスを利用して、畑仕事をしている人もいますね。仕事に行く前に朝ちょっと畑の手入れをする、なんて人が多いんです。1万円支払えば1年間畑を借りられるので、そこで野菜や花を育てて土に触れて楽しんでるようですよ。自分たちで育てるというのがおしゃれなんて風潮もあるようです。

庭で採れた野草やルバーブなど。左上は、サミ・タルベリによる、野草を使ったレシピを紹介している本

——東京でもパーマカルチャーが流行っていますもんね。でも、みんながこぞって土いじりをしているというのは珍しいかもしれません。

吉田:たしかに、フィンランド人は土に触れるのが好きですね。自然と自分を切り離して生活するということにどこか不安になるというか、反対に、自然があることで自分たちの帰る場所とつながっていられるという意識が持てるというか—— “地球あっての人間” という意識を、みんなどこかで持っているんだと思います。「自然で生きる」ということを、子どものころから学んでいる人が多いんですよね

フィンランドの生活では、たとえば離れ島のサマーコテージに行くときなどの交通手段の1つとして小舟があるんですけど、それは自分たちで漕いで移動するものなんです。そこらへんに舟が転がっているので、オールで漕いで、船着場に止めて、杭にロープでくくってとめておく。ロープの結び方までみんな熟知しているんですよ。夏にはサマーコテージのサウナを温めるために、自分たちで火を起こしたりもします。私もフィンランドに来てから、火の起こし方を教えてもらいました。最初に乾燥した木を持ってきて、その木を細かく裂いて、繊維が細かくなったところに火をつけて——。

うした自然で生きる知恵というのは、フィンランド人にとっては子どものころに親や祖父母から学ぶことみたいなんです。なので、みんな水や火、土に関する知識がすごく豊富ですね。お金を使わないで楽しく暮らす術を、日々学んでいます。

春になると一斉に生える、食べられる花や野草をのせたオープンサンド。野草それぞれの苦みや甘さ、独特の辛さなどが合わさっておいしい

吉田:野草もそのうちの1つです。10年ほど前にフィンランドの若いシェフ、サミ・タルベリという人が野草を使ったレシピ本を出版して、すごく有名になったんです。そのブームのおかげで、それまで野草に興味がなかった人も野草を採りに行って、彼が紹介した調理法で調理するようになっています。今まで同じ料理しかつくってこなかった親世代の人たちも、そういう本を子どもが家に持ってくることで新しい方法を学んだりしているようです。

あと、若いシェフが18世紀、19世紀のフィンランドの調理法を本で見つけて、それを紹介したりする動きも最近あるんです。

——とってもおもしろいですね!

吉田:昔からの調理法でつくられた食べ物よりも、便利で都会っぽい食べ物を好む人が多い傾向に気づいたりしました。そうした人たちのおじいちゃん、おばあちゃんがつくってきたスープのレシピを引っ張ってきて、 “貧乏くさい” と嫌ってたものを若い世代が紹介する。そうすると、「フィンランドにもこんないいところがあったんだ!」と、自国のよさを見つめ直す機会になるようです。そうしたレシピは旬の食材を使用していることが多いので、「季節の野菜を使っているから、すごく贅沢で豪華なんだよ!」と伝えています(笑)

春から初夏にかけて採れる野草で作った一皿

 

雪溶けのなかに眠る植物と自分を重ねる

 

——草花について調べたり、新たな調理法を模索したりした冬を経て迎える春は、よりいっそう、自然を好きになる機会になりそうです。実際、そのように準備をして迎えた春を、どのように祝福されていますか?

吉田:雪が溶けたときを見計らって森に入り、植物の様子を見に行きます。その時期の植物って、本当に元気よく飛び出すんですよね。眠っていた生き物が動き出すときのように、植物が今か今かともぞもぞしているんですよ。それもおびただしいほどの数。その様子を見るだけで感動するし、そこに自分の姿を投影したりもします。「この冬もすごくきつかったけど、この植物みたいにがんばったから、春の私もおいしいはず!」と思うんです(笑)。

長い冬を過ごすあいだに、自分でも気づかないうちに知識を積み重ねていてたりすると思っています。一冬超えたから、また私もまた1つ強くなっている気もしますし。植物を見ると、自分の冬を思い返すいいきっかけにもなるので、必ず様子を見に行って、元気をもらいます

野草も採りに行きますね。春の植物って、旨味が凝縮されていてすごくおいしいじゃないですか。甘いのに、力強さやえぐみがあって。「すごく長いあいだ土のなかにいたから、たくさん栄養をもらったんだな」と感じられる味わいが好きなんです。春に採れる野草だと、イワミツバが好きですね。エゴマのような香りがするので、アジア料理に向いているんです。炒め物にしてもおいしいし、スープや天ぷらにして食べたりもします。あと、フィンランドでもつくしが採れるので、つくしの佃煮をつくったり、そんなにたくさんは見つからないんですけど春のきのこを採ったり。このきのこはすごくおいしいので、見つけたら大喜びで食べます(笑)

吉田さんが摘んだイワミツバ
イワミツバなどの野草の天ぷら

吉田:春になると、散歩にもよく行くようになります。フィンランドの首都、ヘルシンキに中央公園というところがあるんですけど、そこは「公園」という名前がついているものの、すごく大きくて整備もされておらず、ベンチも噴水も標識もない、「森」のようなところなんです。どこに生えているのか明確にはわからないけど、森のどこかには絶対に春の野草が生えているそれを探しながら散歩をして、見つけたら、また大喜びする(笑)。そんな感じで中央公園を散歩しています。

あとよくお散歩をするのは、セウラサーリという離れ島です。ここもヘルシンキにあるんですけど、歩いて橋を渡ると、そこには “野生” が詰まっているんですよ! なかなか見れない鳥がいたり、自分たちで勝手に摘んでいい野草やきのこがたくさん生えていたりして。島には野外ミュージアムもあって、昔のフィンランドで使われていた建物が展示されているんです。すごくおもしろいので、そこを散歩していますね。

——生命力を感じられるような自然を8カ月ぶりに享受しようと、たくさん外に出歩かれているんですね。2021年の春はコロナ禍で制限される部分がまだあるかと思いますが、どのように過ごしたいですか?

吉田:やっぱり、野草を使って料理をつくることが楽しみです。あと、最近はポップアップ居酒屋という日本酒を扱う居酒屋をやっているのですが、まだ春に開催したことがないので、やりたいなと思っています。春って、おいしい食材がたくさん出てきますよね。なので、それを使って、春を感じられる料理をつくって提供するのが今から楽しみです

2019年11月に東京で開催されたポップアップレストランで北欧の野草やベリーなどを使って提供された料理
2021年2月にヘルシンキで開催されたポップアップ居酒屋で仕込んでいる、ホワイトフィッシュの昆布〆を仕込んでいる様子

 

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吉田みのり

1983年宮崎県生まれ。国際基督教大学にて仏語と哲学、お茶の水女子大学大学院・パリ第7大学にてジェンダー開発論・フェミニズム理論を学ぶ。フィンランド系企業に勤務し、2014年フィンランドへ移住。現在はIT会社に勤務しながら、ヘルシンキで和食や日本酒を提供する居酒屋を経営している。現在、ライフスタイルメディア「ノースモールプラス」にて「北欧 フィンランドからの手紙」を連載中。 https://p.northmall.com/category/letterfromfinland/
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