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人間は再生・復活する――「国立ベルリン・エジプト博物館所蔵 古代エジプト展 天地創造の神話」

古代エジプト神話から読み解く古代エジプト人の死生観

連載 ZIEL museum 2020.12.18

取材・文:出口夢々
撮影協力:江戸東京博物館
撮影:編集部

2020年11月21日(土)から江戸東京博物館で開催されている、「国立ベルリン・エジプト博物館所蔵 古代エジプト展 天地創造の神話」にZIEL編集部・出口が行ってきました。「古代エジプト」と聞くと、ピラミッドやツタンカーメン、クレオパトラをイメージしがちですが、本展はその背景にある「古代エジプト神話」をフィーチャーした展覧会です。古代エジプトの人々が抱いていた死生観を中心に、展覧会の見どころや古代エジプト神話を紹介します。

 

マアトに従って創られた世界

 

この世界は、原初の海である「ヌン」から始まった。光もない暗闇が支配する混沌としたヌンから、創造神アトゥムによってこの世のすべてが創造されたのだ。空や海、大気、大地、自然、生物、人間、さらには太陽や月、星々にいたるまで、この世界にあるすべてがアトゥムによって創り出されたと、古代エジプトの人々は考えていたのである。そして、神は世界創造の秩序である「マアト」に従って世界を創っていった。

世界はゆるぎなく永遠に続いていくものと考えがちだが、古代エジプト人たちはそうではなかった。マアトの理念に満ちた秩序ある世界でも、何らかの出来事によってそれが瓦解、消滅し、混沌としたヌンの状態に戻ってしまうと考えていたのである。

しかし、ヌンからは再びアトゥムが出現し、この世界を再度創り上げていくとされていた。というのも、創造神アトゥムは、生み出された者でも創られた者でもない、不死身な存在だからである。それゆえ、創造神のみが永続的に存在すると考えられていたのだ

そのような不死身の神が創り出した世界に生み出されたのが、我々人間である。人間はこの世に生を受け、死後には自身が再生・復活すると考えられていたただし、再生・復活するためには「死後の審判」を通過しなければならない

「死後の審判」を通過するために必要な知識を呪文と挿絵で示した「死者の書」
《タレメチュエンバステトの「死者の書」》 前332~246年頃
© Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung / A. Paasch

死者は、墓地の守護神でミイラづくりの神でもあるアヌビス神により「2つのマアト(正義)の広間」に導かれる。この広場で死後の審判が行われ、死者は42柱の前で生前に罪となるべき行為を行わなかったことを誓うのだ。その後、死者の心臓は天秤ばかりにかけられ、正義を象徴する羽根と重さが釣り合うか試される。

天秤ばかりは、左右の皿の上に載せたものが等価値であるかどうかを測定するものであり、心臓が重いか軽いかは問題とされない。心臓が正義の羽根と釣り合うことによって、再生・復活するのである。一方、天秤の均衡がとれない場合は、空想上の怪物・アメミトに死者の心臓を食べられてしまい、再生・復活は二度とできなくなるのであった。

死後の世界への道を開く者だったアヌビス
《ジャッカルの姿をしたアヌビス神像》 前1550~前1770年頃
© Staatliche Museen zu Berlin , Ägyptisches Museum und Papyrussammlung / S. Kitai
再生の象徴であるスカラベ。「死後の審判」時に、生前の善行を強調するよう心臓に呼びかけるために、死者の胸の上に置かれた。
《太陽の船に乗るスカラベを描いたパネヘシのペクトラル(胸飾り)》前1186~前1070年頃
© Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung / S. Steiß

 

生きるとは、マアトに従うこと

 

死後の審判で正義とされるのは、マアトだ。マアトは、世界の秩序や摂理を表すだけでなく、個々の人間が生きていくなかで遵守すべき、もっとも重要な規範や道徳として考えられていた。つまり、盗みや嘘など、マアトを遵守しない行為を決して行わないことが基本で、マアトに従うことが「生きること」だったのだ。マアトの原理を犯した者たちは、容赦のない罪が下された。

また、世界全体がマアトによって支配されていたのと同じように、人間の社会もマアトの原理によって創り上げられたものだった。ファラオと聞くと、人々を支配する権限を持つ王の姿を想像する人も多いが、ファラオは社会のなかでマアトを遵守し、遂行する最高責任者だ。ファラオが人々を支配するのではなく、人々がマアトに従って生きるためのリーダーとしてファラオが存在していたのである

そのため、異民族の侵入やファラオに対する謀反など、明らかにマアトを揺るがす大きな事件が起こった場合、ファラオ自身が強いリーダーシップを持って対峙し、マアトを実践して秩序を取り戻すことが必要不可欠であった。もし、マアトを遂行することができなければ、ファラオといえども、大きな罰を受けなければならなかったのだ。

《パレメチュシグのミイラ・マスク》後50~後100年頃
© Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung / M. Büsing

 

来年4月まで両国で開催

本展覧会で展示される約130の作品は、ドイツ・ベルリンにある「ベルリン国立博物館群エジプト博物館」のコレクションのなかから選りすぐったもの。紀元前3000年頃の動物の彫像から、古代エジプトに終焉を告げたローマ皇帝の肖像まで、壮大なエジプト史を網羅するベルリン国立博物館。ロンドン・大英博物館、パリ・ルーヴル美術館と並んで、ヨーロッパ最大級の規模と質の高さを誇る総合博物館です。「天地創造と終焉の物語」をテーマに選りすぐった展示品をとおして、古代エジプトの精神世界を体験してみるのはいかがでしょうか?

本展は、2021年4月4日(日)まで、東京都墨田区にある江戸東京博物館で開催され、その後、京都、静岡、東京・八王子に巡回する予定です。

《タイレトカプという名の女性の人型棺・内棺》
《エジプト人と「アジア人」を描いたセティ1世王墓のブロック》
神殿の模型や香炉

 

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展覧会情報
国立ベルリン・エジプト博物館所蔵 古代エジプト展 天地創造の神話

会場:江戸東京博物館
会期:2020年11月21日(土)~2021年4月4日(日)
観覧料:1800円(65歳以上1440円)
開館時間:9:30~17:30(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日、1月4日、1月11日、1月18日は開館)、年末年始(12月21日~1月1日)
最寄り駅:両国駅
HP: https://egypt-ten2021.jp

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