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なぜわたしたちは息苦しいのか?

同調圧力からの解放

特集 「みんな」と「わたし」――がんばらない人間関係の秘訣 2020.11.06

取材・文:出口夢々

「年をとったら露出の多い服を着るべきでない」「原色の服を着てはいけない」など、世間から求められる「こうあるべき姿」に縛られ、息苦しさを感じる人も多いのではないでしょうか?
そこで、どうして息苦しさを感じてしまうのか、「こうあるべき姿」から外れて「わたし」を貫くにはどのように行動すればよいかを、評論家で世間学や刑事法学の専門家である佐藤直樹さんに伺いました。

 

息苦しさの原因は同調圧力にある

 

私たちが息苦しさを感じる理由、それは「同調圧力」のせいです。そして「同調圧力」は「世間」によってつくりだされています。

世間とは、3人以上の空間で生まれる力学だと考えています。なぜ力学かというと、3人以上だとそこに多数派と少数派が生まれるから。ある問題に対して賛否を問うときに、3人だと2対1――すなわち多数派と少数派に分かれますよね。そうすると、多数派と少数派のあいだに同調圧力などの権力的な関係が生まれるのです。

そして、世間は4つのルールから構成されていると考えています。

「お返しのルール」とは、モノをもらったら必ずお返しをしなければならない、という決まりです。お中元やお歳暮、結婚や出産の内祝い、お葬式の返礼品など、「もらったら返さないといけない」というプレッシャーのもと行われる行為ですよね。「タダより高い物はない」という言葉があるのは、このルールに則っていない贈与は何か裏があると思うから。それほどまでに、「お返しのルール」が徹底されているんです。

近年ではLINEで既読無視をすると仲間外れにされたり、メールも早く返信しないと「誠意がない」などと言われるケースもあります。ですから、「お返しのルール」は相手を思いやって行っているように見えるけど、実は、もらったモノと一緒にやってくるプレッシャーを相手に返す行為でもあるんですよ。

次に、「身分制のルール」とは、年上・年下、目上・目下などが人々の関係性に力学を与えるという決まりです。世間のなかでその人がどのような地位にあるかが大切な意味を持っていて、序列が上の人には従わないといけない空気がつくりだされますよね。相手の社会的な立場がわからないと、どのように接すればよいのかを判断できない人も多いと思います。

このルールは日本語の特徴と大きく関係しています。日本語は会話をする相手との関係性によって、尊敬語・謙譲語・丁寧語から使う敬語を選ばなければなりません。ですので、相手との会話に失礼がないようにするためにも、自分たちの力関係を明らかにする必要がある。そのために「身分」というのが重要な要素となるわけです。

さらに「人間平等主義」のルールですが、これは人間には能力や才能の差があるにもかかわらず、それを認めずに「自分はたまたま運が悪かっただけ」と考えることです。たとえば、会社で同僚が出世したときに「あいつは能力があるから出世するのも当然のことだろう」と思うのではなく、「なんであいつだけ出世するんだ。今回自分が出世できなかったのは運が悪かっただけだろう」と考えてしまう思考回路がこれにあてはまります。

また、何かに秀でた人がいたらその人を妬んでしまうという考え方もこのルールの特徴です。たとえば、高額宝くじに当選した人がいたとしましょう。日本では、銀行に当たり券を持って行くと「他人に絶対に言わないように」と言われるそうです。宝くじがあたって大金を手にしたことが他人にバレたら、「おごれよ」とか、返す気もないのに「金貸せよ」と言われたりするのは想像できますよね。つまり、妬まれたり、面倒事が増えるんです。

一方、海外だと、実名でテレビに出ても妬まれないし、ましてや家が強盗に遭うこともない。なぜこのような違いが生じるかというと、「お前はお前、俺は俺」と、「個人」と「個人」の関係が形成されているからです。

日本の場合は、「お前はお前、俺は俺」と思いながらも、心のどこかで「何であいつだけあんないい目にあうんだ。許せない」という妬みを抱く。日本人は「他人に妬まれないように」ということに細心の注意を払いますよね。ちょっといい洋服を着ていたり、ちょっといい車に乗っているだけで他人の妬みを買い、仲間外れにされてしまう。これが人間平等主義なんです。

最後に「呪術性のルール」。お葬式は友引の日を避けて行われたり、結婚式は大安の日に行うのがよいなど、法律では定められていないけど、俗信・迷信によってつくられた非合理的な謎のルールがたくさんありますよね。そして、それに従わないと世間から白い目で見られる。これが呪術性のルールです。合理的に説明できないのに「そういうものだから」と従ってしまう人も多いのではないでしょうか。

 

世間に対して俯瞰的な視線を持つ

 

以上、この4つのルールによって世間が構成され、その世間から同調圧力が生み出されています。ですので、息苦しさを感じている人は世間をよく見て、世間の流れがどのルールにあてはまるのかを少し考えてみてください

新型コロナウイルスの流行が拡大し、飲食店や商業施設などには休業要請が出されましたが、これに従わなかったお店には“自粛警察”の制裁が下るといった出来事がありました。休業自粛要請に従っていない店に「休業しろ」という張り紙を貼ったり、県外ナンバーの車は外出自粛要請を守っていないとみなされ車にいたずらをされたりしましたよね。これは「人間平等主義のルール」にあてはまります。「みんなが従っているのになぜ従わないんだ」と他者を許せなくなってしまっているわけです。

たしかに異様な空気は感じるけど、世間のルールを知っていればその行動の原因となる考え方がわかるので、少し気が楽になりませんか? このようにルールを頭の片隅に置きながら世間を客観視すれば、ずいぶんとまわりとの関わり方を変えられると思いますよ。

また、複数の世間に所属するように心掛けてみてください。ご近所さんとの井戸端会議や集まりにしか行かないという方であれば、区民センターや公民館などで習い事を始めてみたり、カルチャーセンターなどに行ったりして世間を増やしてみてください。すると、それぞれの世間でルールが微妙に異なることに気づけると思います。

そうすれば、「ここはこういう場所なんだ」と俯瞰的な視点で世間と向き合えますし、一つひとつの世間に固執することなく心にゆとりを持って世間と付き合えるはずです。今、自分が見ている世間だけが絶対ではありませんよね。若いときと比べ、人との交流が減り、「世間」が狭くなっていませんか。ここ以外にも「世間」があると思えば、息苦しさが和らぐのではないでしょうか?

近著情報
『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』(講談社現代新書)

鴻上尚史、佐藤直樹 著。新型コロナウイルスがあぶり出したのは、日本独自の「世間」だった! 長年、「世間」の問題と格闘をしてきた二人の著者が、自粛、自己責任、忖度などの背後に潜む日本社会の「闇」を明らかにする緊急対談!
生きづらいのはあなたのせいじゃない。世間のルールを解き明かし、息苦しさから解放されるためのヒント。

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佐藤直樹

評論家。1951年仙台市生まれ。専門は世間学、現代評論、刑事法学。九州大学大学院博士後期課程単位取得退学。英国エジンバラ大学法学部客員研究員、福岡県立大学助教授、九州工業大学教授などを経て、九州工業大学名誉教授。主な著書に、『「世間学」の現象学』(青弓社)、『なぜ日本人はとりあえず謝るのか』(PHP新書)、『加害者家族バッシング』(現代書館)などがある。
佐藤直樹

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