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【宮本啓子さん・76歳】生きがいは、「やった」「できた」の達成感

忙しない日常でも、元気でいるために動き続ける

連載 60年、酸いも甘いも讃えたい 2021.5.08

取材・文:出口夢々

60年生きた女性にはいろいろな人生がある。そして、女性一人ひとりはそれぞれ自分の人生を背負い、生きている。若くして家庭を持った人、働きながら子どもを育てた人、社会で戦い抜いた人——。そんな女性たちが経験した、人生の「酸い」や「甘い」を紹介する連載企画「60年、酸いも甘いも讃えたい」。
第7回目は、東京都港区にお住いの宮本啓子さん(76歳)にインタビュー。慌ただしく働く日常や、波乱含みの夫婦生活、趣味のバレーボールとの付き合いについて話を伺った。

 

東京都港区にお住まいの宮本啓子さん。熊本県で育ち、高校卒業後は就職。地元九州で路線バスの車掌を経て、試食宣伝販売の職に就いた。その後2年間、スーツケース1つで全国のスーパーマーケットを転々とする日々を送る。そんな宮本さんが上京したのは22歳のとき。東京に住む一郎さん(仮名)とお見合いで出会い、結婚することになった。

「うちの両親には反対されたんです。交通網の発達していない当時、熊本から東京に出るのは、今で言うと海外へ移住するような感覚。『東京に行ったら、今後一切会えなくなる』と親は強く主張していたんですけど、テレビで東京の様子を見たらどうしても行きたくなっちゃったんです。結婚よりも、東京へ行きたい気持ちのほうが強かったのかもしれません(笑)」

そう語る宮本さんは、上京し数年経った後、洋菓子店で働き出した。その後、知り合いに声をかけられ、ホテルに併設されているテイクアウトショップやクリーニング店、フレンチレストランで働く。

「どこも『人が足りないから困ってる』『短い時間でいいから来てほしい』と声をかけられて働くことになったんです。困っていると聞くと、どんなに忙しくても『時間をやりくりすれば行けるな』と思い、頼みを受け入れちゃって。どれも断ろうと思えば断れる話だったと思うんですけど、いざ弱っている人を前にすると『いいよ』と言ってしまうんですよね

宮本さんがホテルのテイクアウトショップで働いていた当時、子どもたちは小学生。朝早く起床し、子どもたちを学校へ見送った後、子どもが帰ってきてから食べる簡単なおやつを用意してから宮本さん自身も家を出た。

そんな忙しない日々は40年ほど続き、現在は、港区シルバー人材センターに登録。小学生の登下校を見守る学童誘導や、公園や神社の清掃を週6日行っている傍ら、シルバー人材センターの理事も務めている。

「目まぐるしい毎日ですけど、いろんな職場で働くということは、いろんな人と一緒に働くということ。職場の雰囲気や人間関係はそれぞれですけど、それがまた楽しいんですよね。シルバー人材センターをとおして仕事をしている人は、『元気でいたい』とか『動いていたい』『お小遣いがほしい』など、思っていることが共通している場合が多いんです。『疲れるから仕事したくない』なんて言いながらいやいや働いている人もいますが、そんな人には『疲れるってことはそれだけ身体を動かしているわけなんだから、運動になってるよ』『動いたのに疲れていないんじゃ、運動になっていないんだよ』と声をかけています。疲れるのって、いいことなんですよね

毎朝5時半には仕事に向かう宮本さん。学童誘導をしたのちに神社での仕事に行く日もある。

「友人たちには『よくそんなに動けるね。元気でいいわね』と言われるのですが、逆なんです。元気だから仕事をしているのではなくて、仕事をとおして身体を動かしているから元気でいられるのだと私は思っています。足腰に痛みを感じる日もありますが、動いていたらその痛みすら忘れてしまう。そんな日々を繰り返して、ここまで仕事を続けられているんです」

「本当は私、仕事がないときは、1日中寝られる人なんですよ。次の予定まで2、3時間あいだが空いたときなんかは、家でよく寝ていますよ(笑)。『この時間、手伝いにきてくれないか』と声をかけられて仕事が詰まっているときは睡眠不足になることもありますが、働いていたら治っちゃう。治っちゃうというか、睡眠不足であることを忘れちゃうんでしょうね(笑)」

そう笑顔で語る宮本さんだが、21年前、夫の一郎さん(仮名)の定年退職を機に身体を壊した。

「定年退職はしたけどすごく元気だったので、何か新しいことを始めるのかなと思っていたんです。でも『定年を目標に仕事をしてきたから、退職した次の日からは何もしない。家にいる』と言い出して。もともと人付き合いも苦手で、外で食事をするのも嫌いな人なので、夫の言い分は理解できましたが、受け入れがたかったですね。ずっと家にいるなんて」

「そんなこんなで夫が家にいるようになってしばらく経ったら、今度は『明日から俺が夕飯をつくるから、お前はやらなくていい』と言い出したんです。次の日から、私は夜に台所に入れなくなりました(笑)。でも、いざ夫が料理を始めたら、包丁さばきは荒っぽくて見ていられないし、台所はいつもより汚れているしで、ハラハラしました。台所の汚れはどうしても気になるので、夫がお風呂に入っているあいだにダーっと拭きあげるんです(笑)」

宮本家にそんな習慣ができてから約2年後、近所では「宮本さんの家は奥さんが家事をせず、旦那さんにやらせている」と噂が流れた。一郎さん(仮名)の買い物帰り、近所に住む人にレジ袋に入っている夕飯の材料と缶ビールを見られたのだ。

「『宮本さんの奥さんったら、旦那さんに買い物させて、ビールまで買ってこさせてる』と言いふらされてしまったんです。その人は、夫がお酒を飲まないのを知っていたので、私が夫に買わせていると思ったんでしょうね。夕飯の買い出しは夫の担当だったのに。私は自分の好きなようにやってればいいんだから、そんな言葉は気にせず、近所の人に何を言われても割り切ろうと思ったのですが、割り切れない。夫が夕飯をつくると言い出したと説明しても、誰も信じてくれなかったんです。そんな状況が続き、鬱っぽくなってしまいました」

それから宮本さんは、テレビの音、人の足音や話し声、電話の音など、すべてが嫌になった。寝ているのも起きているのもつらい。十分に眠れない日々が続き、目覚めも悪くなった。起きているときには、不甲斐ない自分を責めた。

「そんなとき、たまたま道でバレーボールの仲間に会ったんです。不調の理由を話して、気持ちが乗らないから行けないと言いましたが、『そんなのどこにでもある話よ』と軽くあしらわれてしまいました。でも、それが苦痛で。自分自身『何をそんなに気にしているんだろう』と思うのに、吹っ切れない。自分を責めるばかりでした

子どもが幼稚園生のとき、ママさんバレーを始めた宮本さん。同じ幼稚園に通う子を持つ母親たちと一緒にチームをつくり、練習をしたり大会に出場したりと活動した。歳を重ねてからは、メンバーは変わらずソフトバレーに移行し、続けている。

バレー仲間との写真。ソフトバレーだけでなくバドミントンも楽しんでいる

「数十年の付き合いになるバレー仲間に声をかけられても、体育館に足を運べなくて。見学だけと思い何度か体育館の上から練習を眺めたのですが、練習の様子を見ていると『みんな楽しそうに動いているのに、なんで私はあそこに行けないんだろう』と切なくなったんですよね」

そう感じ始めて数日経ったある日。

「それからしばらくして『今度は靴も持ってきな、練習はしなくていいから』と言われて、練習を見に行ったんです。靴を持って体育館に行ったら、今度は『靴持ってきたんだったら一緒に動こうよ!』と半ば強制的に練習に参加させられたんですよね。それでいざ動いてみたら、すっごく楽しかったんです」

その日は最後まで練習に参加し、仲間たちと一緒に昼食も楽しんだ。だが、その次の練習も、その次の次の練習も宮本さんが顔を出すことはなかった。

「自分のなかに練習に行きたい気持ちと、行ってからのことを不安に思う気持ちがあって。でも、練習に参加した日から数カ月経ったある日、突然、『ああ、このまま終わってしまうのは嫌だな』と思ったんです。このまま家に閉じこもって、仲間を失うのも、自分でつくってきた楽しみを失うのも嫌だなって。絶対、近所の噂になんか負けちゃいけないって」

そう覚悟を決めた宮本さんは、月に数回、練習に参加するようになった。

「吹っ切れるようになるまで5年はかかりました。今では夫ともうまくやれていますし、仕事でつながった人たちと会う楽しみもある。シルバー人材センターで理事も務めているから知っている人も多いですし、嫌なことがない。今はすべてが楽しいんです

現在の宮本さんの趣味は海外旅行だ。65歳を迎えたとき「75歳までは毎年どこかに行けるように、10年有効のパスポートをつくろう」と決め、以降、1年に一度はそのパスポートを手に、海外へ渡った。

「飛行機に乗るのも体力が必要ですから、元気なうちに行こうと思って。友人や家族に声をかけても予定が合わないことも多いので、一人でツアーに参加しています。カナダやイタリア、スイスなどに足を運びました。スイスではあまり好きではなかった山登りにも挑戦したんですけど、いざ登ってみたら最高に気持ちよかったです」

玄関に飾られている旅先での写真

歳をとればとるほど『やってみたらできた』『つらかったけどできた』という達成感を強く覚えるようになるんです。できたことに対して、うれしさやありがたさを感じられるんですよね。そして、人から言われるのではなく、自発的に行うことでその感覚は倍増する。それが生きがいになっています」

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