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リスペクトがあれば差別はなくなる

一人ひとりの意識が世の中を大きく変える

特集 「みんな」と「わたし」――がんばらない人間関係の秘訣 2020.11.27

取材・文:花塚水結

前回、「差別」は古くからある人間の本能が関係していることや、自己肯定感の低さから「差別」が生まれることを学びました。
とりわけ「普通」が求められる日本において、どのようにすれば差別をなくしていけるのでしょうか。お話を伺ったのは、東洋大学社会学部社会心理学科 教授の北村英哉先生です。

 

高齢者差別が多い日本の現状

花塚:現在、日本での「差別」の現状はどのようになっているのでしょうか?

北村:そうですね。価値観が古いと、差別しやすくなる傾向があります。
たとえば、今は育児休業が推奨されていますけど、休みが取りやすいとはいえません。それは育児休暇を取ろうとしている世代の上司、つまり、今の50~60代が育児休暇に抵抗があるからなんですよね。そういった意味では、女性差別は年配男性がしやすいといわれています。
それから、世界的に言うと、最近では日本の高齢者差別が多いといわれています。

花塚:なぜ高齢者差別が多いのでしょうか?

北村:理由のひとつに高齢者を「リスペクト」できなくなっている問題があります

花塚:リスペクトですか?

北村:はい。世界ではよく「リスペクト」という言葉を使って、人の評価につなげています。でも、日本では人の評価に「リスペクト」という言葉はあまり使いません。その代わりに「好き嫌い」の度合いによって人を評価する人が多いんです。

花塚:人への「好き嫌い」といった感情は一般的にありますよね。その感情が、どうして日本ではとりわけ重要視されているのでしょうか?

北村:たとえば、「『仕事ができるけど好かれない人』と『仕事はできないけど好かれる人』どちらの人生がいい?」という問いに対して、日本人に圧倒的に多いのは後者なんです。日本ではあたり前かもしれないけど、「好き嫌い」を気にしているのは日本人だけ。
簡単にいうと、人からどう思われているかを気にしすぎなんですよね。

花塚:私も人から好かれていたいと思ってしまいがちです……!

北村:でも、海外では仕事ができるかできないか、という「能力」が評価されます。「人の役に立っていますね」とか、「あなたのおかげで仕事が円滑に進みました」ということが評価につながるんです。
海外で同僚に「俺のこと好き?」って聞いても、「そんなこと考えたことないよ、同僚だろ?」という答えがあたり前。これが「リスペクト」なんです。

花塚:海外と日本では、考えに大きな違いがあるようですが、そればなぜでしょうか?

北村:特に西洋では論理的・理性的に思考できるのが「おとな」という考えがあるのですが、日本では「おとな」としての基準はなく、豊かな感性や感情を大切にし、好む傾向にあります。そのため、仕事おける話も論理的だとどうしても固いと感じてしまい、情緒的なコミュニケーションを好むのです。

差別の場面では、そうした個人的な「好き嫌い」が暴走してしまいます。これを自分の理性でコントロールできるのが立派な「おとな」だという気持ちが西洋のキリスト教社会ではあるんです。
こうした文化の違いが、海外と日本での考え方に現れていると思います

花塚:考え方に対する影響は、宗教の影響もあるのですね。

 

リスペクトを獲得するためには、自らが差別をしないこと

花塚:なるほど。私たちのような若い世代が差別しないということは、私たちの世代が高齢者の行為に目を向けてリスペクトする意識を持つ必要があるわけですね。
一方で、高齢者自身がリスペクトされるためにできることはありますか?

北村:ありますよ。そのためには、「良識」とか「知恵」が必要になります。もう少し加えて言えば「人間観」など、高齢者ならではの「物事を見る目」。そういうものが鍛え上げられていると、「さすが歳を重ねているだけあるな」というリスペクトにつながります。このリスペクトの獲得が今後さらに拡大する高齢社会でのキーポイントにもなっていると考えています

そして、「良識」や「知恵」があると思われるためには、やはり「差別をしない立派な人」になることが求められていると思います。いかに自分が立派に振る舞い、まわりからさすが年配者として人生を潜り抜けていると思われ、リスペクトされる人になるには、この点を追求していってほしいですね。

花塚:自らが「差別」を意識的になくしていくことが必要なんですね。
でも、「差別」は人間の本能だったり、自己肯定感の低さから生まれるものでしたよね。ですから、無意識的に差別をしてしまうこともあるかなと思っていて……。こうした考えを変えるためには、どうしたらいいでしょうか?

北村:無意識的に差別意識をもってしまうことは、たしかにあります。
心理学的な目線でいうと、歳を重ねると、楽観的になる傾向にあるんですね。たとえば70歳の人であれば、これまでの70年を生きてきた実績がありますから、「これからも同じように生きていれば何とかなる」と思いがちなんです。ですから、今までの「普通」を一新するのはむずかしいことでもあります。
ただ、前回も言いましたが、自分以外のものに対して過剰にアラームをかけるのは、人間の古い本能なんです。そのことを自覚して、新しい価値観を取り入れるようにしてほしいなと思います

花塚:「変化」が求められているということですね。

北村:はい。また、自己肯定感を上げるために、自分で自分を満たせるものを持つといいですね。特技でなくてもいいから、没頭できることや、好きなことを1つでも持っていると違うと思います。少しのお金があるなら、カルチャーセンターに出向いて趣味を見つけることも1つの手ではないでしょうか。

 

差別をなくすには、一人ひとりの意識改革が大事

花塚:いくら差別をしないようにと心がけていても、世の中が大きく変わっていくことはむずかしくないですか?

北村:よく、そうした質問をされるのですが、僕はそうは思っていません。長いスパンで見れば、差別はなくなりうるものだと思います
大正時代に「芸能人差別」があったのを知っていますか?

花塚:え! 芸能人に対して差別があったんですか? 知らなかったです。

北村:はい、芸能人は元々目下のような人だと思われてたんです。
当時、最高裁判所の判事をしていた人の娘が、女優を目指して家を飛び出したことがありました。すると、父親は娘が女優になったことを恥ずかしいと思い、その恥ずかしさに耐えられず、自殺してしまったんです。

花塚:お父さんが娘の芸能界入りに反対することはあるかもしれませんが、それを理由に自殺してしまうのは、今では考えられませんね。
どうしてそのように思われていたのでしょうか?

北村:江戸時代に、お百姓さんよりも目下とされた身分の人たちがいたのですが、村の隅などに追いやられて河原にいることも多く、作農以外のことを生業にしていました。
生業の1つとして、街中で芸を披露して投げ銭をもらうことをする人たちがいて、そうしたイメージが大正時代まで引き継がれて、芸能人は河原ものだと差別的に呼ばれていたんです。

花塚:投げ銭をもらうことが、卑しいことだと思われていたわけですね。

北村:それから、昔の芸能人は、安定した定住する小屋がなかったから、各地をまわっていくわけですよ。いまでもドサまわりなんていいますけど、「地方巡業」みたいなものですね。
当時、村人にとっては、芸能人はいきなり村に入ってきた「異民族」であって、ものを盗むかもしれない、とか思われていたんです。これが芸能人差別の発祥ですね。
しかし、大正から昭和にかけて、芸能人文化が発達して、スターも生まれて、社会的地位がどんどん上がっていきました。今では、お給料も一般のサラリーマンより格段にいい成功者もいますよね。

花塚さんがかつての芸能人差別を知らなかったように、今では芸能人差別は消えました。100~150年という長いスパンで見て、職業に対する偏見や差別がなくなった例です。

花塚:差別というのは、なくなるものなのですね。

北村:芸能人差別の例のように、「消えた差別」というのは、ほかにもたくさんあるんです。女性差別も問題になっていますけど、女性の地位はここ50年くらいで随分と変わりましたし、LGBT問題だって、みんなが口に出していえるようになったのはここ5~10年くらいですよ。
だから、消えない差別はないと思っています。そのためには、一人ひとりが差別がなくなることを目指して、自覚していってほしいですね

 

この先の未来で、あなたがなくしたいと考える差別や偏見は何でしょうか? コメントでお話を聞かせてください。

 

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北村英哉

東洋大学社会学部社会心理学科教授。共著に『進化と感情から解き明かす社会心理学』(有斐閣)、『偏見や差別はなぜ起こる?』(ちとせプレス)など。
北村英哉