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社会学者・上野千鶴子「何かを始めるのに、何かを変えるのに――遅すぎるなんてことはない」

自分で自分を縛らず、抑圧から解放される

特集 「みんな」と「わたし」――がんばらない人間関係の秘訣 2020.11.24

取材・文:出口夢々

「女に学問は必要ない」「大学に行かずに家で料理や家事の手伝いをしろ」という古い考え方に支配された時代を生きたZIEL世代。父親や近所のおじさん、はたまた同性である母親など、まわりの「みんな」から、これまでに植え付けられてきた古い考えに、今もなお行動を自制してしまう方が少なくはないのではないでしょうか。
そこで、これまで女性を取り巻いてきた環境や、その変化を、社会学者の上野千鶴子先生に伺いました。

 

勉学は必要ないとされた女たち

――私たち女性を取り巻く環境は、どのように変化してきたのでしょう?

私の世代――今、60代、70代の女性たちは、ものすごく露骨に性差別的な教育投資を受けた世代です。大半の人が高卒で、女は大学なんて行けないし、高校進学率が7割だったから中卒で働く人もまだまだいましたね。だから、私たち女は短大に行ければ上等。大学に行ったらドツボ――就職も結婚できないと言われていました。

その当時、女の大学進学率は3~5%、一方、男の大学進学率は20%を超え始めていました。つまり、親は息子に学歴をつけるのには熱心になっていたけど、娘には学歴のために金を出さない時代だったんです。

娘に金を出さない理由は簡単。リターンが望めないからです。娘は嫁に出すから、親にとっては他家の人になる。今でこそ娘は自分の親の介護をしたりするけど、私たちの親世代では、娘を嫁に出したら実家の世話なんてさせてもらえないのがあたり前でした。また、そもそも娘に学歴をつけても、今みたいに女の活躍する場所がないから、お金を払って学歴をつけたところで見返りが望めない。だから、教育投資をする価値がなかったんです。

――上野先生は、そのような時代に生まれながらも大学に進学されたのですね。

私の実家にはドブに捨てるお金があっただけなのよ。投資のリターンが望めない女のために学費を払うということは、短大なら2年間の学費をドブに捨てるということで、四大なら4年間ドブに捨てるお金があるということ。だから、うちの親には4年間ドブに捨てるお金があったってだけ。
親は私に何の期待もしていませんでしたから。

半世紀以上経った今でも覚えているのが、私が10歳だったとき、お正月の日のことです。うちには兄と弟がいたのですが、父親が「お兄ちゃんは大きくなったら何になる?」と聞くんです。すると兄は人の役に立つ職業を答えました。その後、父は兄の隣に座っていた私を飛ばして弟に「○○ちゃんは大きくなったら何になる?」と、聞きました。私にはその順番は回ってこない。

子どもながらに業を煮やした私は、「ちこちゃん(上野先生の愛称)は?」と自分から聞いたんです。そうしたら父親は「は、そこにいたの?」という顔をしました。その後に言ったセリフは、「ちこちゃん? ちこちゃんはお嫁さんになるんだよ」でした。当時、女に結婚以外の道がありませんでしたから、それは既定の路線だったんです。でも、父にそう言われてすごく傷つきました。未だにくっきり、はっきり覚えているんだから、それだけ幼心にも悲しみを覚えたんでしょうね。

――お父さんのその発言に悪意がないというのが、より状況を複雑にしている気がします。

父は私を猫かわいがりしていました。猫かわいがりという言葉が示すように、父にとって私は愛玩物だったわけです。ペット愛なの。私が子どもを侮ってはいけないと思うのは、子どもながらに「私はかわいがられているけど、それは責任のある愛ではない」とわかっていたからです。息子2人――兄と弟には厳しかったけど、私にはそうではなかった。そして息子2人にはレールを敷いて、そのレールを歩かせた。こうした性差別的な教育を、私たちの世代のほとんどの人が受けていたと思います。

私が高校生だったころ――1960年代は男も女もほぼ100%が結婚した時代です。目の前にいる男女みんなが結婚していましたから、結婚しないという選択肢を考えられなかった。だから、わたしみたいなおひとりさまは例外でしたね。

その後、結婚しない女を「負け犬」と呼ぶような風潮が出てきましたけど、それは「結婚できない」イコール「男に選ばれない」という考え方があるからです。そして、男に選んでもらえる娘に育てるというのは親の使命。男に選んでもらいやすくするためには「かわいい」つまり「男を凌駕しない」というのが大事なことなんです。つまり、賢くてもバカなふりをして生きなさいというのが、大人の女の知恵でした。これが女の生存戦略でした。

少し極端な例になりますが、中国で行われていた纏足や、アフリカで行われているFGM(女性器切除)を施すのは全部女なんです。年長の女が年少の女へ行うの。たしかに残酷なことですが、それは親が娘を思ってのこと。というのも、それがよい結婚の条件だからです。

とくに中国では、纏足をしていない女は「大足女」と呼ばれて、労働者向けの女とみなされていました。金持ちの妻には決してなれない。大足であること――纏足をしていないことは女の魅力を下げる。そうすると「娘にいい結婚をさせてあげたい」という親心で、小さい女の子の足を折り曲げる。残酷なことのようにも聞こえるけど、それは女が男に選ばれないと生きられなかった社会において、娘によい結婚をさせてやるための親心とも言える。でも、それを行うことによって悪しき風習を再生産する――共犯者になる。だから、女にはいい大学に行かせる必要がないと考えるのも、これと同じ考え方なわけです。

でも、日本も変わってきた。たとえば、これまで、セクハラをされたら年長の女は「そんなことを言い出すあなたがおかしい」とか「そんなことでいちいち騒ぐな」と言ってきました。それは「私たちも我慢してきたんだから、あなたもそうしなさい」という考えの押し付けだったんですよ。でも、SNSを中心に起こった#MeToo運動で伊藤詩織さんがバッシングを受けたときに、「私たちが我慢をしてきたばっかりにあなたをこんな目に遭わせた。ごめんなさい」と謝る年長の女性がはじめて出てきた。これは事件だと思いました。

――年長の女性が変化したのは、声を挙げやすい環境に変わったからでしょうか?

社会の変化の影響を受けるのは、若い人たちばかりではありません。女性の選択肢がこれほど広がり、母親の世代の女たちに比べて女性たちも自由になってきた。その変化を感じとって、娘の世代を応援したいと思う女性たちも増えてきています。その時代を生きている人たちであれば何歳でも変わるし、起きていることに対して影響を受ける。だから、#MeToo運動で年上の女たちも変わりました。

 

自分で自分を縛らない

――60代、70代の女性たちはがこれまで受けてきた性差別の抑圧から解放されるには、どうすればよいのでしょうか?

女の人がはじけられるのはね、後家さんになってからなの。「後家楽」という言葉があるくらいですからね。夫が亡くなったら縛るものが何もないから、そうなったら後は世間の見る目だけ。でも、それも変わってきていますから、自分が何をしようが誰も気にしません。年を重ねてせっかく自分を縛るものがなくなったんだから、自分に制約をつける必要はないんですよ。「女はこういうものだ」という刷り込みがされてきましたけど、そうやって刷り込みをしてくる相手がいなくなったんだから、もうその言葉に縛られないようにする。自分で自分を縛ってしまうのが女ですからね。でも夫がなかなか死んでくれないから、さっさと後家楽を先取りするのを、私は「生前後家楽」と呼んでいます(笑)

あともう1つの方法は、認知症になってしまうこと。認知症になったら社会から下りられますから。ある人から聞いたのが「母が認知症になってから人格が変わった」という話なんです。「あんなに自分を抑えてきた母が、生涯の最後にこんなにはじけて天真爛漫な時間が持ててよかったと思う」とその娘さんは言っていて認知症になるというのは、自分を縛っていたものがどんどんなくなっていくということなんですよね。だから、認知症になるというのは、ある意味で社会から解放される必殺技かもしれません(笑)

私が同世代の人に言えるのは、「何かを始めるのに、そして何かを変えるのに遅すぎるなんてことはない」ということ。今が一番若いんですから。

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上野千鶴子

社会学者・東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。社会学博士。平安女学院短期大学助教授、シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授等を経る。1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年から2011年3月まで、東京大学大学院人文社会系研究科教授。2012年度から2016年度まで、立命館大学特別招聘教授。2011年4月から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。第25期日本学術会議連携会員。専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアであり、高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。
上野千鶴子