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映画批評家・杉原賢彦が選ぶ「新しい自分」に出会える映画5選

物語の主人公が与えてくれる、人生の「第二幕」を生きるヒント

特集 自分をあたらしくする 2020.7.22

文:杉原賢彦

新しい自分に出会うために、他人の人生をのぞいてみるのはいかがですか? 物語の主人公たちの人生を垣間見ることで、自分では思ってもいなかった「新しい人生」への発見があるかもしれません。そして、それはこれからを生きるヒントにもなり得るでしょう。
そんな、新しい自分に出会える映画5選を映画批評家の杉原賢彦さんに選んでいただきました。

上映ラインナップ
1.『ジュリア』
2.『黄昏』
3.『みなさん、さようなら』
4.『みんなで一緒に暮らしたら』
5.『チア・アップ!』

 

人生において「封じ込めた記憶」を開けたとき――
『ジュリア』

主人公は、20世紀半ばにアメリカを代表する女性劇作家として活躍したリリアン・ヘルマン。本作は彼女の自伝にもとづいた物語といわれています。

第二次大戦下、ナチスへの抵抗運動に身を投じた親友・ジュリアをめぐる秘密と、その裏側に隠されたさらなる秘密。親友の言葉を信じ、使命を果たした主人公の記憶と思い出、そして激動の時代を覆う大きな波に圧倒されます。

人生において、ずっと誰にもいえなかったこと、語りたくても話し出す機会がないまま胸にしまっていることの1つや2つは、誰にでもあるものではないでしょうか。
ふと、その秘密を思い出したとき「あのとき過ごした時間は何だったのだろうか」と、確かめたくなることがあります。思い出のなかでそっとしておくべきなのか、それともパンドラの箱を開けてしまうのか、その答えは誰にもわかりません。

あなたが記憶のなかに封じ込めた疑問とその答えを探すとき、その記憶とともに封じ込めてしまった、大切な人のことを思い出させてくれる——そんなきっかけになる作品かもしれません。

『ジュリア』(1978年)
監督:フレッド・ジンネマン
脚本:アルヴィン・サージェント
出演:ジェーン・フォンダ、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、ジェイソン・ロバーズ、ハル・ホルブルック、マクシミリアン・シェルほか

子へのわだかまりを静かにぶつけ、解いていく――
『黄昏』

Film (C) 1981 ITC Films Inc. All Rights Reserved.

人生の黄昏時、美しい湖畔での隠居暮らし。でもそれは表面だけのことで、静かな日々の水面下では、さまざまな思いがくすぶり続けます。
長年にわたる家族間の確執は、そう簡単にはほどけないもの。父と娘、父と息子、母親と娘、母親と息子。それぞれの立場での思いが、時間の経過とともに頑なな結び目をつくってしまって——。

大学教授を引退した気難しい性格の父と、その父から「愛されていない」と感じながら育った一人娘が、久方ぶりに再会します。一幅の絵画のような湖畔にある別荘で、心にからまっていたわだかまりを静かにぶつけ合ってゆく2人の物語です。
親子の確執を描く映画は山ほどもありますが、本作には声高に言い争う場面はありません。忍びよる秋の気配のようにひそやかに、でも確かな足取りをもって、こわばった思いを溶け合わせていきます。

Film (C) 1981 ITC Films Inc. All Rights Reserved.

本作はそんな確執がある家族の情景を描いた作品ですが、父と娘役を演じる2人は、実人生でも不仲がささやかれていた、ヘンリー・フォンダとジェーン・フォンダの実の父娘ということでも話題となりました。
積年のわだかまりはなかなか癒えないものですが、和解へ向けた一歩を踏み出す勇気をフォンダ父娘からもらえるのではないでしょうか。

Film (C) 1981 ITC Films Inc. All Rights Reserved.

『黄昏』(1981年)
DVD:1429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメンント

監督:マーク・ライデル
出演:キャサリン・ヘプバーン、ヘンリー・フォンダ、ジェーン・フォンダ、ダグ・マッケオン、ダブニー・コールマンほか

「死」があるからこそ、生きる価値がある――
『みなさん、さようなら』

もしあなたが末期がんに侵され、余命いくばくもないと知ったら、残りの人生をどのように生きますか? 最後のあがきとばかりにやりたかったことに走るのか、それともそれまでの人生を同じように続けるのか……。
ままならない人生の最期をどう過ごせばよいのか、そんなヒントをくれるような作品です。

元大学教授の主人公は、社会主義を信望し、これまでの人生をやりたい放題に過ごしてきましたが、ある日、自身が末期がんに侵されていることを知ります。
その彼のもとに、父と袂を分かち、長らく家を離れていた息子が渋々戻ってきます。父親の世話を焼くうち、次第に2人が和解していく物語に「それだけ?」と思ってはいけません。

「人生をどう生きるか」ということを、世代間もギャップによって生まれた“野蛮人”の侵入によって学び、そしてそこから歓びを得ることができるものだと教えてくれるところに本作の核心あります。
世代間のギャップによって生じてしまった亀裂の向こうに人の生の最期を見てとったとき、「どのように死ぬのか」ということが、父と息子のそれぞれにとって大事なものとなってゆくのです。

人生のなかに「死」という最大の厄災があるからこそ、生きる価値があるのだということ。そして、「よい死に方」をするのに価値があるのだということ。これらを逆説的ブラック・ユーモアをこめて語りかけてくれているのです。
人生にさよならをいう瞬間、どれだけの人が自分の周りにいてくれるのだろうか。その答えは、自分の生き方のなかにあることを気づかせてくれる1編かもしれません。

『みなさん、さようなら』(2004年)
監督:ドゥニ・アルカン
出演:レミー・ジラール、 ステファン・ルソー、 ステファン・ルソー、マリナ・ハンズ、ドロテ・ベリマンほか

夫婦2組と独身主義男の5人の共同生活――
『みんなで一緒に暮らしたら』

© LES PRODUCTIONS CINEMATOGRAPHIQUES DE LA BUTTE MONTMARTRE / ROMMEL FILM / MANNY FILMS / STUDIO 37 / HOME RUN PICTURES

ひとり暮らしより、みんなで共同生活してみたらどうだろう? そんな単純な疑問からこの映画はつくられました。

健康上の不安やアルツハイマーへの恐れなどを抱く、パリの郊外に住む2組の夫婦と1人の独身主義男の5人が、一軒家を借りて共同生活を始めます。
ところが、いざ共同生活をしてみると、それぞれが自分勝手に生活しはじめ、収拾がつかなくなってしまいます。

たとえ仲がよい友人同士でも、共同生活を始めると気づかなかった弊害がいろいろと出てくるものです。こうした問題を解決するキーパーソンは、利害関係をともにしない第三者の存在であり、そして、お互いの存在を思いやる心がどれだけ大切かということに気づかされます。

© LES PRODUCTIONS CINEMATOGRAPHIQUES DE LA BUTTE MONTMARTRE / ROMMEL FILM / MANNY FILMS / STUDIO 37 / HOME RUN PICTURES

同じ時間を過ごす仲間に対して我慢するのではなく、相手を思いやりながらいいたいことをいう。これが現在を生きるための最良の術になるのでしょう。
老後であるかに関係なく、今隣にいる友人や大切な人たちと同じ時間を共有することのかけがえのなさや、自分らしくあることの大切さを教えてくれる1編です。

『みんなで一緒に暮らしたら』(2012年)
配給:スターサンズ、セテラ・インターナショナル
監督:ステファン・ロブラン
出演:ジェーン・フォンダ、ジェラルディン・チャップリン、ダニエル・ブリュール、ピエール・リシャール、 クロード・リッシュほか

おばあちゃんチアリーダーたちが生む奇跡――
『チア・アップ!』

© 2019 POMS PICTURES LLC All Rights Reserved

もう自分の人生もおしまい。終活の締めくくりにと、高齢者を対象としたシニア・コミュニティへと引っ越して来た主人公が、思いもよらぬことにチアリーディングのサークルを立ち上げ、全米チアリーディング大会に出場することに……。
そんなよくあるご都合主義ストーリーは映画だけ、私なんてもう……と思っていてはダメです。人生って、最後の瞬間まで何があるかわからないもの。そんな、いまさらなことを改めて気づかせてくれる1編です。

© 2019 POMS PICTURES LLC All Rights Reserved

ダイアン・キートン(74歳での主演作!)はもちろん、ヒロインたちはいずれもおばあちゃんといってよいお年ごろ。
身体が思うように動かなくて華麗なダンスは見せられないし、おまけに五十肩で腕すらも上がらず苦労の連続。現役ピチピチの若いチアリーダーたちから冷笑されようとも、「自分は自分である」という思いと気概で1つずつ障害を乗り越えてゆく。そんな姿に励まされない人はいないでしょう。

「終活? いいえ、まだやり残したことがあるのよ」と感じている人にも、「生き甲斐でもやり甲斐でもなく、何か……」と漠然とした思いを抱えている人にも、ぜひご覧いただきたい作品です。

© 2019 POMS PICTURES LLC All Rights Reserved

『チア・アップ !』(2020年)
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
公開:新宿ピカデリーほか全国公開中
監督:ザラ・ヘイズ
出演:ダイアン・キートン、ジャッキー・ウィーヴァー、パム・グリア、シリア・ウェストン、フィリス・サマーヴィル、セリア・ウェストンほか

 

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杉原 賢彦

映画批評家。目白大学 准教授。映画批評を専門として活動を行う傍ら、大学教授も務める。共著書に、『ゴダールに気をつけろ!』、『アートを書く!』(ともにフィルムアート社)『ナチス映画論──ヒトラー・キッチュ・現代』(森話社)など多数。
杉原 賢彦

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