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寿命は何によって決められている?

100年で30歳延びている人間の寿命

特集 今こそ、死の話をしよう 2021.1.06

取材・文:花塚水結

厚生労働省のデータによると、2019年の日本人の平均寿命は男性が81.41歳、女性が87.45歳と世界でもっとも高くなっています。そして、日本だけでなく、世界規模でも見ても平均寿命は年々延びています。
では、人の寿命は何によって決まっているのでしょうか? 遺伝学を専門に研究している、東京大学教授の小林武彦先生に伺いました。

 

生き物の寿命は遺伝と環境によって決まる

花塚:人の寿命は何によって決まっているのでしょうか?

小林遺伝子によって決まります。現在、人の平均寿命は80歳くらいですが、世界でもっとも長く生きた人はフランスのジャンヌ・カルマンさんで、122歳で亡くなられました。この方以外に120歳以上生きた人はいないので、そのくらいが人の寿命の限界です。

花塚:人が持っている遺伝子によって決まっているのですね。

小林:はい。ウミガメなら100歳、鶴なら40歳……ほどと、生き物によって寿命が異なるのも、それぞれの遺伝子によってある程度の寿命が決められているからです

花塚:身体のかたちなどが異なるように、遺伝子が異なれば寿命も異なるのですね。

小林:そうです。ただし、寿命を決める要因は遺伝子だけではありません。

花塚:遺伝子以外の要因とは何でしょうか?

小林環境です。環境要因が75%、遺伝子が25%という割合で寿命が決められています

花塚:遺伝子よりも環境のほうが寿命を決めている割合が大きいのですね。環境要因とは、具体的にどのようなことでしょうか?

小林:食生活、喫煙の習慣、公衆衛生、運動など身のまわりのすべての環境が寿命に影響を与えます。
高齢の双子として有名だったきんさんぎんさんを知っていますか?

花塚:はい、テレビで何度か見たことがあります。

小林:ぎんさんは5人の娘を出産していますが、幼くして亡くなった次女以外の4人は長生きされていますから、遺伝が関係すると言えます。加えて、生まれたときから一緒に生活していたので、食生活も似ているはずですよね。もともと長生きする遺伝を持っていたのでしょうが、生活習慣も相まって4人とも長生きをされているのだと思います

遺伝学者の小林先生

小林:また、双子の寿命を調べた研究もあります。調べた双子の約25%は寿命が似ていました。一方、血のつながっている兄弟は寿命はそこまで似ていませんでした。双子は遺伝子がほぼ同じなので、寿命が似ている割合が25%でしたが、普通の兄弟ではもっと低い。そして、双子といえど同じ環境で生きることはありませんよね。そのため、75%は環境が影響したと推察されます

花塚:なるほど。では、人間の寿命はもともと80歳だったのでしょうか?

小林:いえ、明治時代あたりまでは男女問わず平均寿命は50歳程度でした。今は平均寿命が約80歳なので、100年間ほどで30歳以上伸びたことになります。ですから、現在はもともと人間の遺伝子にはプログラムされている以上の寿命になっていと言えるかもしれません。

花塚:たしかに、昔の偉人たちは若くして亡くなっている人も多いですよね。なぜ寿命が延びたのでしょうか?

小林:人間が摂取する栄養と生活環境が各段によくなったからです。栄養については、動物性たんぱく質を摂取するようになって免疫力が増し、病気になりにくくなりました。
環境は、公衆衛生がよくなったからですね。昔は伝染病によってたくさんの人が亡くなっていましたが、街全体がきれいになったおかげで伝染病が少なくなっています。もちろん、医療の進歩も関係しています。

 

子孫繁栄のために寿命が延びた? おばあちゃん仮説

小林:そのほかにも、寿命が延びた理由として「おばあちゃん仮説」があります。

花塚:おばあちゃん仮説って何ですか!?

小林:子育てしているときにおばあちゃんがいたら助かりますよね。もちろん、おじいちゃんも同じです。母親の役目を果たせる人が家に2人いるわけですから、子どもを産んだ母親の負担が相当軽くなります。そうすると、1人だけ産むのではなく、2人、3人と産める余裕ができるんですよ。また、その家におばあちゃん、おじいちゃんがいるということは、長生きしている人がいるということですよね。
つまり、長生きしている人がいる家庭は、より子孫を増やして家が繁栄しやすい環境になり、その結果、長生き遺伝子を持った子が多く生まれ、少しずつ寿命が延びていったという説が、おばあちゃん仮説です。これはサルと人間の身体の違いによっても説明することができます。

花塚:サルと人の身体の違い……?

小林:サルと人間では、遺伝子が98.5%同じですが、1つの大きな異なる点があります。それは、人間には全身に毛が生えていないことです

花塚:全身に毛が生えていないことが、長寿になった理由ですか?

小林:はい。人間は進化の過程で毛が抜けていったのですが、毛が抜けることで子育てに困りました。サルは全身に毛が生えているので、子どもがお母さんの毛にしがみつくことができる。お母さんは子どもがしがみついてくれているおかげで両手があくので、もう1人育てることができます。

花塚:え! お母さんが抱っこしているのだと思っていました。

小林:実は子どもがしがみついていたんですね。ところが人間は全身に毛が生えていないので、子どもがお母さんにしがみつけず、お母さんが抱っこしなければなりません。すると、お母さんの両手が埋まってしまうので、物理的に1人で2人も3人も同時に子育てをすることが不可能なのです。でも、おばあちゃんやおじいちゃんが抱っこしてくれれば、複数人を育てることが可能となります。つまり、毛が抜けて長生きのおばあちゃんがおじいちゃんが貴重になり長生きになっていったというわけです。

 

これからの時代は、寿命が延びる可能性は低い

花塚:もともと遺伝子によって寿命が決められていたところを、栄養や環境、そしておばあちゃん仮説によって延びてきたということですよね。では、栄養や環境をもっとよくしていけばこれからも寿命は延びるのでしょうか?

小林その可能性はゼロではないですが、私はむずかしいと思います。延びるとしてもそのスピードはかなり遅いです

花塚:なぜでしょうか?

小林:現在、日本では100歳以上の人が毎年約2000人増えていますが、115歳を迎える人はほとんどいません。全世界でも115歳を迎えているのはこれまで50人もいないんです。100歳以上になる人は急激に増えているのに、そこから上の年齢の方はなかなか増えません。
生存曲線というグラフがあって、時間の経過とともに人口がどのように変化しているのかがわかるグラフがあります。それが下の図です。

出所:厚生労働省のホームページより編集部作成

昔は、平均寿命が50歳くらいでした。それがだんだん平均寿命が延びてきて、急激に人口が減る年齢が高齢になっていることがわかります。ですが、110歳を越えると一気に生存率が減ります。ですから、115歳が人間の寿命として限界値なんだと統計学的に推定されています

花塚:これまで寿命を延ばしてきていたのに、これからは寿命が延びる可能性が低いというのは、少しさみしい気もしますね。

小林:人間には必ず「死」が訪れますからね。ただ、個体としては終わりかもしれないですけど、生物学的には「死」は始まりなんです

人間は有性生殖(2つの個体のあいだで遺伝子情報を交換し、両親とは異なる遺伝子の個体を生産すること)によって子孫繁栄をさせていますが、なぜ有性生殖をするかというと、多様性を生み出すためなんです。

花塚:多様性を生み出す理由はなんですか?

小林:親よりいろんな面で優秀な子どもをつくるためです。両親とは違う個性を持って生まれた子どもは、親よりも違う性質を持っています。そして、環境が変わったとしても生き残る確率が高くなります。そのため、両親は自分たちの遺伝子情報を混ぜ組み合わせて、わざわざ自分たちとは違う複数の子どもをつくるのです。それが長いこと繰り返されて生物は進化したわけです。ですから、個人的な死は、生物学的には進化の始まりと考えることもできます。

花塚:「死」は悲しいこととばかり思っていましたが、生物学的には「始まり」なのだと思うと、考え方が変わってなんだか誇らしい気もしますね。

「人の寿命」について、どのように思いましたか? 寿命について興味を持たれた方は、コメント欄で教えてください!

 

  1. まる

    祖父が89歳で亡くなったとき、あまり悲しさは感じませんでした。
    悲しさ以上に、「生き抜いたな」「命をまっとうしたな」と思ったことを
    覚えています。
    そして、同時に「私もがんばって生きていこう」と思ったことも。

    個人が迎える死が人類の進化の始まりという考え方、
    生物学的になるほどと思いつつ、感覚的にもしっくり来ました。

    少なくとも、私個人には祖父が「終わった」ようには思わなかった。
    祖父の代わりの分も生きていこうということではなく、
    祖父の続きが私にあるような……。
    寿命を迎えた人の死に対して、そんな感覚は、実は生物として自然なもの
    なのではないかと思った次第です。

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小林武彦

東京大学定量生命科学研究所ゲノム再生研究分野教授。九州大学大学院博士課程修了、米国ロッシュ分子生物学研究所、米国国立衛生研究所、基礎生物学研究所、国立遺伝学研究所を経て、現職。日本遺伝学会会長、生物科学学会連合代表。伊豆の海と箱根の山々をこよなく愛する自然と生きもの大好きオヤジ。著書に『寿命はなぜ決まっているのか』(岩波ジュニア新書)、『DNAの98%は謎』(講談社ブルーバックス)などがある。
小林武彦