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【川﨑恵美さん・62歳】否定された年齢を活かして新たな仕事に挑む

60歳から始まるケアビューティストとしての人生

連載 60年、酸いも甘いも讃えたい 2020.12.05

取材・文:出口夢々

60年生きた女性にはいろいろな人生がある。そして、女性一人ひとりはそれぞれ自分の人生を背負い、生きている。若くして家庭を持った人、働きながら子どもを育てた人、社会で戦い抜いた人――。そんな女性たちが経験した、人生の「酸い」も「甘い」を紹介する連載企画「60年、酸いも甘いも讃えたい」。
第2回目は、東京都江東区にお住いの川﨑恵美さん(62歳)にインタビュー。60歳で経験した雇い止めや、そこから始まった新たな挑戦について、そして今感じている幸福について話を伺った。

 

東京都江東区にお住いの川﨑恵美さん。川﨑さんは1年半前、60歳を迎えた年から介護美容のケアビューティストとして働き出した。ケアビューティストとは、高齢者や介護を必要とする人へ、ヘアメイクやネイル、トリートメントなどを施す人のことだ。

「これまでの人生で、『さすがに、もうダメかも……』と思ったことはない」と語る川﨑さん。そんな川﨑さんが大きな壁にぶつかったのが60歳のとき。その壁とは、ずばり「60歳」という年齢そのもの

撮影:山田真由美

川﨑さんは23歳で結婚してから、家庭を中心とした日々を送っていた。家計を助けるために仕事をしていたが、仕事探しの条件は、「土日休み」「近所」「子どもの休みに合わせて休みがとれる」「何かあったときに休みがすぐにもらえる」など、自分のやりたいことを優先するのではなく、常に家庭を考慮したもの。パートや派遣を経て、43歳からは契約社員として事務の仕事をしていた。

雇い止めの通告は突然だった。
「その会社が60歳で定年だったいうのは知っていたんですけど、私が60歳になろうとしていてもそういう話は何もなかったんです。ただ、契約社員で1年更新だったから、まあいずれは何かあるのかなと思っていたんだけど、急に上司の人に呼ばれて『もう契約を終了します』と言われて。『何でですか? 理由を教えてください』と聞いたら『年齢です』と……」

「『60歳になられたんだから、もうそろそろ若い人に譲ってください』と言われて、『あっ、歳をとるってそういうこと!?』と思って。『17年間もここで働いてきて、スキルもあるのに、こんなことあっていいの!?』なんて憤りもしたけど、すごくやりたくてやっていた仕事でもないし、契約が切れたときはどうしようかなと思っていた矢先の出来事だったんですね」

年齢を理由に、17年間続けてきた仕事を辞めなければならないという事実に驚いた川﨑さん。契約終了後は、ハローワークで仕事を次の仕事を探した。

うちの母がずっと『元気だったらずっと社会と交わっていなさい』って言っていたんです。彼女は75歳まで仕事をして、それから少しのあいだ好きに遊んで、それで突然亡くなったの。すっごい潔い人生を送った人で。で、私も、元気で仕事をして、ある程度したら、後はちょっと遊んで、じゃあねって。そういう潔い人生がいいなと思っていて。だから、まだまだ私はやらなきゃいけないって思ったんです」

母のような潔い人生を送るには、まだまだ仕事の量が足りていない――。川﨑さんはそう感じて、行動に移す。

「それで、ハローワークに行って仕事を一生懸命探したけど、60歳って多少パソコンの入力が速いとかではほんとにお仕事が見つからない。で、『いやあ、どうしたらいいかな』と思ったときに、『ちょっと待って。私、今まで家のことばっかり考えていたけど、人生の最後だから、自分の好きなお仕事をしたいなあ』と思って」

そこで川﨑さんは考えた。自分にとってプラスになり、楽しめて、加えて自分と関わった人が「楽しい」「うれしい」「ありがとう」と言ってくれるような仕事に就きたい――。だが、そのような仕事が実際にどのような職業なのか、なかなか思い浮かばなかったという。そんなある日、川崎さんが目にしたのが、テレビで放送されていた海外のドキュメンタリー番組だ。

「認知症で施設に入っている人が赤い口紅をつけてもらって、その姿を鏡で見たらすっごく笑顔になったシーンがあったんです。それを見て『あっ、これだ!』って思って。私は美容の経験も何もないけど、調べてみたら介護美容研究所という学校を見つけて。ちょうど私が調べ始めた9月に開校したばかりの学校だったので、『あっ、これは話を聞くしかない』と思って。さっそく学校を訪れてみました」

話を聞いたところ、基礎から教えるので未経験でも問題ないと言われた。だが、入学するためにはまとまったお金を支払う必要がある。そのため、「騙されていたらどうしよう」と思い、なかなか入学できなかった。そんなときに背中を押してくれたのが夫の一浩さんだ。

「『騙されたとしても、そんなに人生が変わっちゃうようなお金じゃないし、とりあえず、自分がいいなと思うんだったら、もう最後だからやってみたら?』と主人が言ってくれて。『じゃあ、やってみよう』と思って入学したら、騙されていなくて(笑)。半年かけてメイクやトリートメント、ネイル、ヘアを学ぶコースを卒業しました」

学校を卒業してからは、ケアビューティストとしてフリーランスで仕事を始めた。介護施設に行ってネイルやトリートメントを施したり、介護をまだ必要としていない人向けに要介護にならないためのセミナーを開催したりしている。

川﨑さんが仕事で使用しているメイク道具や水性マニキュア

講師として人前に立つ機会のある川﨑さんは、人生でもっとも勉強しているのは今だと語る。

「セミナーで講師をする際にはやっぱり嘘を教えられないし、質問されれば正しいことを答えられないといけないという思いがあるから、いろんな本を読み漁ったりして、すっごく勉強しています。『全然覚えらんなーい!』とか思いながら一生懸命に勉強していたら、人間、困ると覚えるんだと学びました(笑)。学んで覚えたつもりでも、忘れる。でも、またやると覚える。それを繰り返していると、少しずつ知識が蓄積されるとようやくわかって。今すごく楽しいです」

60歳になってからの新たな挑戦によって、仕事のスキルだけでなく学びの楽しさにも気づいた。また、年を重ねた自分だからこそ活かせることがあるという。

川﨑さんは、終戦から13年後となる1958年に生まれた。自身は戦争を経験していないが、母や父などまわりの人に戦争の話を聞いて育ってきた。

「施設を訪れてお話をするのが母くらいの年代の人たちなんですけど、そうするとやっぱり戦争を肌で感じてきた人たちがいて。認知症になった方っていうのはすべてを忘れてしまうわけではなく、ある記憶のなかですごく鮮明に覚えていることがあって、それは自分が大事に思っていたことなんです。そして、そのなかに戦争の記憶がある。私もまわりから戦争の話を聞いてきたから、施術中に話してくれる戦争の話に『あーー、そういうこと聞いたことがある』『そうそう、そうだったんですよね』と相づちを打てるんです。そうすると『そうなの、そうなの』って言ってくれて、お話がどんどん弾んでいく」

「戦争を経験した人が身近にいて、その話をあたり前のように聞いてきたのって、私たちの年代がギリギリなんじゃないかと思うんです。60歳を超えた今の年齢がここで活かされていて、施術を受けている方がすっごくいきいきとお話をしてくださって。父母から聞いてきたりしたこと――そんなの、当時は気にも留めないで聞いてきたことだけど、やはりどこかに残っていて。施設にいる方たちとお話をして、その方のお話を引き出すことができているというのは、やっぱりこの年齢だからかなと思っていて」

一度は否定された年齢だったが、仕事を変えた今では、それがポジティブな要素になっているのだ

「たとえば手技だったらずっとエステをやってこられた方とか、ネイルだったら長くネイリストをやっている方たちの技術には全然及ばない――そんな技術は私にはないけれど、もしかしたら、年齢がひとつ私の取柄なのかなって思って。だから、その方のお話を引き出そうって心に決めて、なるべくお話をさせていただいたりすると、本当に、なんかすごく自分も気持ちがあたたかくなるし、『あなたと話をできてよかったわ』と言ってくれたりするので、なんか今ね、こういうお仕事をしていてすごくいいなと思うのはそういうところです」

手のトリートメントを施している川﨑さん

最近は椅子ヨガのインストラクターの資格をとった川﨑さん。クラスも持っているため、練習として毎朝椅子ヨガを行っている。また、休みの日にはご主人と低山ハイクを楽しむために、郊外にも出かける。

「低山ハイクに行ったら必ず道の駅にも寄るんです。それで、その土地の旬のお野菜を買って、リュックいっぱいに詰めて帰ってくる。それで、買ってきた野菜をちゃんと食べきるというのを心がけています。今は自然なもの、人が過度に手を加えていないものが一番いいかなって思っているんです」

そう語る川﨑さんは、オーガニックの食材をなるべく選ぶようにし、家でぬか床をつくり手入れしたり、紅茶キノコ(コンブチャ)を培養したりしている。

歳をとったら自分が好きなお家に住んで犬とか飼って……そんな暮らしが豊かかなと思っていました。でも、低山ハイクの次の日の朝に買ってきた野菜を使って何かをつくっていたりするときに、窓から朝日が入ってきたりするのを見ると、『ああ幸せ』と思って。実際に歳をとってきて、そういうのが豊かな時間なのかなって思うんです」

歳を重ねたからこそ、「あっ、なんかちょっと幸せ」と感じる時間の積み重ねが、豊かな時間を形成するのだと気づけたと語る川﨑さん。最近ハッとさせられたのが、ヨガの先生に教わった「足るを知る」という言葉だ。

「『足るを知る』って、贅沢をしないということかなって勝手に思っていたんです。だけどそうじゃなくて、今あるものでやっていく――『身の回りにこれもある、あれもある』と考えることで、自分が満足するのが『足るを知る』だと知りました。
そうやって考えると、自分が持っているものじゃなくて、『なんか今日気持ちいいな』とか『空がいいな』とかって、身の回りにあるちょっとした気持ちよさに気づいたんです。そして、それで自分の気持ちが満たされる。それが豊かな時間、豊かな気持ちなのかなと思って。だからそういうのを大事にしたいなって思います」

「私たちの世代って、生活に便利なものを取り入れてきた世代だと思うんです。そうするとやっぱり、便利なものって無駄なものも多いなと感じたりして。だから、便利じゃなくても、自分が手間をかけたり時間をかけることで自分が満足できたら、それはすごく素敵だなあって。なかなかできなかったりもするんだけど、そうやっていくと『環境にいいことしてるかな』とか思って。で、『いいかも』って思うことをすると、それをしている自分のことも『いいかも』って思えてくる」

『いいかも。あっ、これもいいかも!』って、『いいかも』が連鎖して、結果、『今日1日いい日だったな」と思ってるのが、すごくいいかな。歳を経て何がいいかって、こういうふうに物事を考えられるようになったことが、すごくうれしいなって思います」

 

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