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東京都美術館「ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」|ヘレーネって誰?

ポスト印象派の巨匠・ゴッホの展覧会

連載 ZIEL museum 2021.9.16

文:出口夢々

2021年9月18日(土)より東京・上野にある東京都美術館で開催される「ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」。本展のカギとなるのは副題にもなっているヘレーネ。本記事では「ゴッホ展」の見どころと、カギを握るヘレーネについて紹介していきます。

サムネイル画像:フィンセント・ファン・ゴッホ 《夜のプロヴァンスの田舎道》 1890年5月12-15日頃 油彩、カンヴァス 90.6×72cm クレラー=ミュラー美術館蔵
©Kröller-Müller Museum, Otterlo, The Netherlands
※「ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」出品作品

 

ゴッホに “取り憑かれた” 蒐集家・ヘレーネ

ゴッホの展覧会というと、2019年10月に上野の森美術館で開催された「ゴッホ展」が記憶に新しい方が多いかもしれません。ゴッホがいかにして “新しい絵画” を確立していったのか、彼の制作への情熱と葛藤をひしひしと感じられる、とてもよい展覧会でした。“筆まめ” だったゴッホがしたためた手紙が各所に散りばめられていたので、ゴッホに見守られながら作品を鑑賞しているような、不思議な感覚になりました。

2019年の「ゴッホ展」は「ゴッホはいかにしてポスト印象派を大成させたのか」という問いに迫る展覧会でしたが、「ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」は「なぜ多くの人はゴッホに魅了されるのか」という問いに迫る展覧会と言えるかもしれません

「響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」という副題がつけられた今回の「ゴッホ展」。フィンセントはゴッホの名前ですが(ゴッホは苗字なんです!)、ヘレーネは誰かご存知でしょうか?

ヘレーネ・クレラー=ミュラー ©Kröller-Müller Museum, Otterlo, The Netherlands

ヘレーネ・クレラー=ミュラーは、オランダのホーヘ・フェルウェ国立公園内にあるクレラー・ミュラー美術館を設立した人物。クレラー=ミュラー美術館は、本展で展示されるゴッホの油彩画28点、オランダ時代の素描・版画20点を出品する美術館です。ゴッホの作品を世界でもっとも所蔵するのはファン・ゴッホ美術館。そして、世界で2番目に多くのゴッホ作品を所蔵するのが、ここクレラー=ミュラー美術館なんです!

クレラー=ミュラー美術館外観 ©Kröller-Müller Museum, Otterlo, The Netherlands

なぜクレラー=ミュラー美術館がそんなにも多くのゴッホ作品を所蔵しているのか——それは、設立者のヘレーネ・クレラー=ミュラーが “ゴッホに魅了された” 人物だから。今日のようなゴッホの評価がまだ確立されていない20世紀初頭からゴッホに魅了されたヘレーネは、彼の作品を世界で一番多く収集しました。

💡豆知識
世界で1番多くのゴッホ作品を所蔵しているのは、ゴッホの弟・テオの子どもが設立したファン・ゴッホ美術館。テオからテオの妻・ヨー、そしてその息子へと引き継がれたゴッホの作品が所蔵されています。

ドイツの小さな村で生まれ、親の経営する会社で働いていた男性と結婚したヘレーネ。夫が父の事業を継承し大企業に成長すると、ヘレーネには裕福な暮らしが約束されました。ですが、友人と呼べる存在が少なく、哲学書や文学書を読み、毎日のように乗馬の練習に励んでいたヘレーネ。傍からは「成金」と見られていたでしょうから、孤独を感じることも多かったのかもしれません。

そんなヘレーネですが、1906年ごろ、彼女が37歳ごろのときに美術批評家で美術教師のヘンク・ブレマーの講義を受け、美術に関心を持つようになります。「ゴッホは作品に精神や感情を付与できる最高の画家だ」と考えていたブレマーに、ヘレーネも共感。ゴッホの作品に深い精神性や人間性を感じ取り、ブレマーのアドバイスのもと多くの作品を購入したのでした。周囲の人間から理解されることが少ないまま命を絶ったゴッホと、友人が少なく馬と過ごす時間が長かったヘレーネ——2人の魂が響きあったのは “孤独” がカギになっているのかもしれません

💡豆知識
ゴッホは「生前には評価されなかった画家」というイメージが強いですが、それは誤り。ゴッホが亡くなる年の1890年1月にはベルギー・ブリュッセルで開かれたレ・ヴァン展に招待され出品しており、同年3月には第6回アンデパンダン展に10点の作品を出品し、好評を得ていました。雑誌『メルキュール・ド・フランス』に掲載された記事では、「ゴッホは非凡な才能の持ち主である」と紹介されており、ゴッホの評価は確実に高まっていたことがわかります。将来を期待され始めたときに、ピストルでの自殺を図ったのです。なお、なぜ自らの命を絶とうとしたのか、理由はわかっていません。

 

プロヴァンスの集大成〈糸杉〉が16年ぶりに来日

「ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」の見どころは、なんと言っても〈糸杉〉の傑作が16年ぶりに来日すること。「〈ヒマワリ〉のような作品にしたい」と、ゴッホがサン=レミで本格的に取り組み始めたのが糸杉でした。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《夜のプロヴァンスの田舎道》 1890年5月12-15日頃 油彩、カンヴァス 90.6×72cm クレラー=ミュラー美術館蔵
©Kröller-Müller Museum, Otterlo, The Netherlands

アルルで〈ヒマワリ〉を描き、ゴーガンとの共同生活が破綻すると、ゴッホの精神状態は不安定になりました。自分の耳を切ったのもこのときのことです。自らサン=レミの療養院への入院を希望したゴッホは、この地でも多くの代表作を生み出しました。アルル時代に描いた作品よりも色彩を抑制しながらも、ダイナミックなうねりが特徴の力強い筆致で《星月夜》や《夜のプロヴァンスの田舎道》などを描いたのです

《夜のプロヴァンスの田舎道》は、ゴーガンが提唱した「記憶から描く」という方法で描かれています。体調不良のため外出しづらくなったからこそ、ゴッホの内奥が作品により強く現れるようになったのかもしれません。見る人の感情を強く揺さぶるゴッホの作品。ゴッホに魅了された、そして “取り憑かれた” ヘレーネが見極めた珠玉の作品を、この機会にぜひ見てみてください!

フィンセント・ファン・ゴッホ 《黄色い家(通り)》 1888年9月 油彩、カンヴァス
72×91.5cm ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)蔵
©Van Gogh Museum, Amsterdam(Vincent van Gogh Foundation)

 

ゴッホの “苦悩” と “最期” を描いた小説・映画もチェック!

評価が高まっていたなか、自らの命を絶とうとピストル自殺をはかったゴッホ。《ひまわり》や《星月夜》など数多くの代表作を遺したうえにミステリアスな最期——彼の生涯は人を惹きつけて止みません。そして、その物語は小説や映画のテーマになることもしばしば。「ゴッホ展」でゴッホに興味を持った方は、ぜひ小説や映画もチェックしてみてください!

キュレーターとしても活躍する小説家・原田マハさんの『リボルバー』と『たゆたえども沈まず』。

『リボルバー』はゴッホとゴーガンの関係を描いた作品です。物語は、オークション会社に1丁の拳銃が持ち込まれたところから始まります。その拳銃はなんと、ゴッホが自殺する際に使用されたものだと言うのです。しかし、錆びついた拳銃がゴッホの使用したものだという確証はなし。本当にゴッホが使ったものなのか、その拳銃を持ち込んだ人物は誰なのか——誰にもわからないとされている “ゴッホの最期” に迫るアートミステリー小説です。

一方、『たゆたえども沈まず』はゴッホと弟・テオの人生を描いた作品。世間ではなかなか評価されず頼れるのは弟しかいない兄の孤独、売れない画家の兄を支える弟の苦悩と葛藤が描かれています。

どちらもフィクションですが、登場人物たちが抱く燃え盛るような情熱に魅了される作品です。物語を読むと、まるで近くにゴッホがいるような不思議な感覚に陥ります。ちなみに、“筆まめ” だったゴッホがしたためた数多くの手紙は『ゴッホの手紙』(岩波文庫)で読めるので、ゴッホの心情をもっと詳しく知りたいと思った方は、ぜひこちらも手に取ってみてください。

 

2017年に公開された『ゴッホ 〜最期の手紙〜』。ゴッホの友人だったという郵便配達人の息子が、ゴッホが弟・テオに宛てた手紙を届ける過程でゴッホの死の謎を解き明かす、サスペンス映画です。

全編油絵風のアニメーションで描かれているのも特徴で、俳優が演じた実写映画をもとに描かれた6万枚の油絵がアニメーション化されました。ゴッホの名画を想起させるようなシーンが数多く登場するので、全編を通してゴッホの絵のなかに迷い込んだような不思議な感覚に陥る作品です。

2018年に公開された『永遠の門 ゴッホの見た未来』。ゴッホの苦悩の半生を描いた作品です。

物語は、ゴッホがアルルへと移住するところから始まります。南仏で新たな光に出合い、さらなる創作活動に励むようになったゴッホ。そこにゴーガンもやって来て、共同生活が始まったが、同時に途方もない苦悩を抱くことになる——。周囲との軋轢に苦しむ彼の姿を痛切に描く一方で、印象派の絵画のような光と色彩に満ち溢れた美しい映像が魅力の本作。ゴッホの苦悩と歓喜が痛いほどに伝わってくる映画です。

 

この秋は、展覧会に小説に映画にと、ぜひ “ゴッホの秋” を堪能してみてください!

展覧会情報
「ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」

会場:東京都美術館
会期:2021年9月18日(土)〜12月12日(日)
観覧料:一般2000円、大学生・専門学校生1300円、65歳以上1200円、高校生以下無料(日時指定予約必要)
開室時間:9:30〜17:30(入室は閉室の30分前まで)
休室日:月曜日、9月21日※
最寄り駅:上野駅
HP: https://gogh-2021.jp
問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
※日時指定予約制。詳細は公式サイトへ
※9月20日、11月8・22・29日は開室

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