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いくたびも雪の深さを尋ねけり——子規はどんな情景を詠んだのか

歩けなくなった自分の様子を詠った子規の句

連載 魂の俳句 2020.12.07

文:花塚水結

季節にあった季語を用いた俳句を紹介する連載「魂の俳句」。

第2回目は、「いくたびも雪の深さを尋ねけり」(正岡子規)。季語や意味、どんな情景が詠まれた句なのか、一緒に勉強していきましょう!

そして、その俳句を題材にして、大学で書道を学んでいた花塚がかな作品(日本のかな文字を用いて書かれる書道のこと)を書きますので、そちらもお楽しみに!

 

病気で歩けなくなった子規が日常のやりとりを詠んだ句

 

いくたび(日)も雪の(能)ふ(布)か(可)さ(佐)を尋ねけり(里)

俳句:いくたびも雪の深さを尋ねけり(いくたびもゆきのふかさをたずねけり)
作者:正岡子規(1867-1902)
出典:子規句集
季語:雪(冬)
意味:病気で歩けなくなった作者が、雪がどれだけ積もったのか、何度も家族に尋ねている様子

この句は、作者である正岡子規が雪がどれくらい積もったのかを何度も家族に尋ねている自分の状況を詠った句です。
1896年(明治29年)冬、正岡子規は当時の医学では不治の病であった脊椎カリエスを患い、歩行が困難な状況になってしまいます。東京に住んでいたため雪が積もることは珍しく、好奇心あふれる性格だったと言われる正岡子規が抱いた、歩いて見に行けない悲しさやもどかしさが伝わってきます

季語は「雪」。「雪」は「春の花」や「秋の月」と並んで冬の美を代表する季語です。空から舞い散る白く冷たい雪は、古代の人たちにとって驚くべき現象でした。今でもクリスマスには雪が降ることを願ったり、雪を被る富士山を見て美しいなと感じますよね。このような「雪が美しい」と感じる感情は、古来から根付いていたのでしょう。

そんな「冬の美」を代表する「雪」ですが、この句で詠まれている「雪」は正岡子規の「悲愴」を表していると言われています。
1703年(元禄15年)、赤穂事件の吉良邸討ち入りが決行された日に積もっていた雪——。1860年(安政7年)、井伊直弼が暗殺された桜田門外の変での雪——。1877年(明治10年)、西南戦争で西郷軍が出発する日に降った雪——。悲しい出来事が思い出される「雪」に、遠くない自身の「死」を重ねて詠んだのではないかと言われているのです

当時の歴史的な背景や作者の状況を含めて俳句を鑑賞すると、悲しさや切なさを感じる句ですが、同時に、病気を患った正岡子規だからこそ生み出せた句なのだと思うと、逆境も味方できる作者の精神力を感じる作品でもあるなと思いました。

 

俳句に興味がある方や、この俳句を読んでの感想などを、コメント欄で教えてください(そして、私のかな作品の感想も聞かせてもらえたら、うれしいです!)。

 

▼前回の記事
【秋の句】しら露もこぼさぬ萩のうねり哉

 

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