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大人女子のための恋愛小説案内

キュンだけではない! 嫉妬や愛憎込みの恋愛小説を紹介

特集 冬に感じたい、甘い日々 2021.2.26

文:出口夢々

人生の酸いも甘いも噛み分けてきたZIEL読者のみなさん。
手のことが好きで好きでたまらない恋愛や、情でなんとなく付き合った恋愛、大人な男性とのアバンチュールなど、さまざまな恋愛を経験されてきた方も多いと思います。
そこで、本日はただキュンとするだけではない! 純愛から少し危険な? 恋愛が描かれた恋愛小説を、大人女子のみなさんに紹介します。

 

17歳年下の男の子との恋に溺れる勇気はありますか?

石田衣良『眠れぬ真珠』

内田咲世子、45歳。職業は版画家。若いころ結婚に一度失敗し、今は独身。子供はいない。両親が遺してくれた高級住宅地に建つ一軒家に住み、芸術家として自立した生活を送れるだけの稼ぎもある。そんな人も羨む生活を送っている咲世子の目下の悩みは、更年期障害だ。ホットフラッシュに幻覚や貧血。子を1人も持たずにして、妊娠できる能力を失おうとしている身体。女性としての役割を果たさずに、このまま身体の変化に飲み込まれてしまうのか——。そう思い悩む咲世子の前に突如現れたのが、17歳下の男性、素樹だ。年が離れているのだから、たとえ結ばれたとしても私たちに未来はない。頭ではそうわかっているのに、どうしても惹かれてしまう。愛しあう歓びを失いたくない。理性と感情が激しくせめぎあう咲世子は、どんな選択をするのか……。

石田衣良『眠れぬ真珠』(新潮文庫刊)

読みながら何度も「咲世子のような女性になりたい」と思ってしまいました。映画監督である素樹に頼まれ、咲世子は自分が主役のドキュメンタリー映画を撮られることになるのですが、素樹に向けられたカメラを前に見せる、咲世子の表情の豊かさがたまりません……!
泣いたり笑ったり、ときには真剣な眼差しを向けたり——咲世子の恋愛を描いた物語なのに、表情豊かな彼女に読者の私が好意を抱いてしまう、そんな魅力的な女性が主人公の物語です。

 

あなたの愛は嘘か誠か

白石一文『愛なんて嘘』

大学1年生のころから付き合い始め、卒業後に結婚したシュンとマリ。大きな喧嘩もせず仲よく暮らしていた2人だったが、突如シュンがとある提案をしてきた。「マリとの暮らしに飽きてしまいそうだから、一度別れたい。でも必ずまた、一緒になる」と言うのだ。マリはその提案を受け入れ、2人は離婚。それぞれは新しい伴侶を見つけ、子どもも授かった。時が経ち、シュンとマリは各々の家族を捨て、再び一緒に暮らすことに……(2人のプール)。
人はなぜ他人と人生をともにしたいのか、人を愛するとは何なのか——。平穏で幸福な愛に隠された “嘘” に気づいてしまった男女を描いた短編集。

白石一文『愛なんて嘘』(新潮文庫刊)

「要するにこれは信仰の問題なのだ。シュンを捨てることは、敬虔なカトリック教徒や熱烈なイスラム教徒がイエスを捨てたりアッラーを捨てたりするのと同じことだ。そんな不埒は私には到底できない」(白石一文『愛なんて嘘』p.148,l.15-p.149,l.1)。
じめて『愛なんて嘘』を読んだとき、既視感を覚えました。私の心情や体験が、そっくりそのまま描かれているのではないか、と錯覚しそうになったのです。私が愛だと思っていたものは、全部私の嘘。本当は信仰の問題だったのだと気づいてしまったのです。そう悟ってしまったときの衝撃や安堵は強烈でした。

 

官能と虚無に支配された恋心を描く

小池真理子『恋』

1972年の冬。浅間山荘事件の陰で、女学生・矢野布美子が発砲事件を引き起こした。撃たれたのは大久保勝也と片瀬信太郎。大久保は亡くなり、片瀬は重傷を負った。恋愛感情のもつれによる犯行だったという。犯行現場には片瀬信太郎の妻、雛子も居合わせた。信太郎と恋落ちた矢野布美子は、なぜ、信太郎でも雛子でもなく、軽井沢にある電機店で働く大久保を射殺したのか——。官能と虚無に支配された恋心が起こした事件に迫る。

小池真理子『恋』(新潮文庫刊)

大学の助教授である片瀬信太郎。妻の雛子は元子爵の娘。2人は婚姻関係を結んでいるにもかかわらず、雛子はさまざまな男性と関係を持ちます。そして信太郎は雛子の行動を黙認するどころか、賛成しているのです。
高度経済成長期を迎える一方、長期化するベトナム戦争や日米安保条改定の問題をめぐり、学生たちが活発な政治運動を行っていた1960年代。混沌とした世の中で生まれた奇妙な恋は、私の目には虚構の世界のように映りました。デモに出て、機動隊に石を投げ、反戦歌を歌う——非日常のような行為が日常だった時代を色濃く反映したような恋を前に、ページをめくる手がとまりません

 

読めばきっと、ウェルテルと友達になるはず

ゲーテ『若きウェルテルの悩み』

親友の許嫁、ロッテに恋してしまった青年ウェルテル。絶対に叶うことのない恋を前に足掻くウェルテルは、その恋をどのように終わらせるのか——。誰かを強く愛したときに感じる情感や陶酔、不安や絶望が鮮明に描かれた書簡体小説。

ゲーテ『若きウェルテルの悩み』高橋義孝訳(新潮文庫刊)

読了後、「ウェルテルは心の友だ」と確信しました。精神の内奥に潜めていた、誰にも触らせたくない私の記憶を、ウェルテルも持ち合わせていたのです。一方で著者のゲーテは、晩年このように語ってます。「もし生涯に『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じるような時期がないなら、その人は不幸だ」と。
決して汎用的な物語ではありません。それにもかかわらず、ウェルテルが悩む姿を見ると尋常でないほど心が痛むのです。みなさんの心にもきっと、ウェルテルがいるはず。誰にも触らせたくない大切な記憶を、ウェルテルと共有してみませんか

 

大人の恋をとことんシンプルに描き出す

山田詠美『A2Z』

「愛人がいる」と夫に白状された。関係を持った女がいるなあ、と感じたのははじめてではない。私もほかの男の人に心を奪われたことがある。夫もそれに気づいていたはずだ。だけど私たちは共犯同士だから黙っていた。なのに今回はなぜ——。夫に白状された腹いせではないけど、年下の郵便局員・成生と恋に落ちた。夫は自分の恋に忙しく、今回は気づいていない。社会的な倫理からは外れているかもしれないけど、私は夫も成生も好き。AからZまでの26文字でつむがれた、少しいびつな大人の恋の物語。

山田詠美『A2Z』(講談社刊)

社内でも優秀と評判の文芸編集者・夏美。経済的な余裕も心の余裕もある(ように見える)夏美と、お金はないけど日常を彩豊かにする術を知っている成生。2人の恋は、いびつで不透明だけど手放したくない愛着があって——まるで海に落ちているシーグラスのような美しさがありました。
大人の恋愛をシンプルに描いた、そして、シンプルだからこそ恋愛の甘く重い側面が浮き彫りになった作品です

 

人生の岐路で出会った同級生に惹かれて……

村山由佳『燃える波』

ライフ・スタイリストとして活動する傍ら、ラジオ番組のパーソナリティーを務めるなど、多忙な日々を送る帆奈美。夫と猫との静かな暮らし。そこに突然現れたのが、同級生だったカメラマン・澤田烔だ。帆奈美は、友人のような関係性の夫とは真逆で、野生的な澤田に惹かれていく。40歳という人生の節目を迎えた帆奈美は、夫と澤田、どちらを選び、人生を築いていくのか……。

村山由佳『燃える波』(中央公論新社刊)

苦悩しながらも前に進もうと奮闘する帆奈美の姿に、思わず「がんばれ!」と声をかけたくなってしまうような物語でした。帆奈美がスタイリングを担当する女優、水原瑶子も印象的。ドラマのような波瀾万丈な人生を送ってきた瑶子の言葉の端々からは、彼女の気迫や情愛、配慮が伺え、登場人物たちを(そして読者をも)虜にします。
歳を重ねてから迎えた、新たな人生の岐路に立っている人に読んでもらいたい1冊です

 

永遠に失った人を取り戻せる日は来るのか

江國香織『冷静と情熱のあいだ Rosso』
辻仁成『冷静と情熱のあいだ Blu』

穏やかな恋人、マーヴと静かで満ち足りた日々を送るあおい。お金持ちで優しいマーヴとの暮らしは誰もが羨むもの。しかしあおいは、10年前の雨の日に失ってしまった、何よりも大事な人、順正を心の奥底から求めていた。永遠に失ってしまった彼を再び取り戻すことはできない。だけど。30歳の誕生日、フィレンツェのドゥオモにあなたとのぼりたいの——。10年前、大学生だったときに交わした、たわいもない約束をあの人は覚えているのだろうか。忘れられない恋を前に、あおいは決断する……。

江國香織『冷静と情熱のあいだ Rosso』(KADOKAWA/角川文庫)
辻仁成『冷静と情熱のあいだ Blu』(KADOKAWA/角川文庫)

忘れるべきなのに忘れられない。あのときの彼はもういないとわかっているのに、心のどこかで彼を求めてしまう。そんな、苦しいけど愛おしい恋がみずみずしく描かれている作品です。そして、そんなかけがえのない恋を経験したことのある人なら、胸が苦しくなるほど、あおいの心と調和してしまうと思います(私はしました)。
『冷静と情熱のあいだ』は、あおいと順正の10年以上に渡る恋の物語です。あおい視点の物語(Rosso)は江國香織が、順正視点の物語(Blu)は辻仁成が描いています。この小説は、月刊誌にまず江國香織が描いた物語が掲載され、その次の刊行時に辻仁成が続きのストーリーを掲載するという、交互連載のかたちで発表されたもの。ですので、1冊ずつ通して読んでもいいのですが、RossoとBluを1章ずつ、交互に読み進めていくのがおすすめです。時系列に沿って1つの恋を、互いの視点から読めます。

 

純粋に相手を思いやるような恋や、一時的にほとばしる熱い恋など、さまざまな恋愛のかたちが描かれた作品を紹介しましたが、いかがでしたでしょうか? 自分の過去の恋愛と重ねて心を痛めながら読んでもよし、「こんな恋してみたい!」と憧れる思いを抱きながら読んでもよし。いろいろな恋愛小説を読み比べして、いろいろな思いを馳せてみてください。

みなさんの好きな恋愛小説や、最近読んで面白かった小説について、編集部・出口とお話しませんか? 実は、この記事をつくるにあたって、ここで紹介した本以外にも多数の恋愛小説を読んだのです(どれも素晴らしかったので、この記事で紹介する本を選ぶのは、かなり苦戦しました……)。なので、恋愛小説トークをしたくてたまらなくて! ここで紹介した本の感想でも、みなさんの好きな恋愛小説の話でもかまいません! コメント欄で私と語ってください! お待ちしております!!

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