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母親と自閉症の息子が生きる姿を描く——『梅切らぬバカ』

「何で?」が相手との関係を築く最初の一歩

連載 スクリーンZIEL 2021.11.17

文:花塚水結

編集部・花塚が今観たい映画作品を紹介する連載「気になるシーンをコマ送り スクリーンZIEL」。第14回目は、2021年11月12日(金)に公開された『梅切らぬバカ』です。

母親と自閉症の息子が社会のなかで生きる様子を描くヒューマンストーリーをご紹介します。

 

相手の行動に対して疑問を持つこと

 

映画鑑賞後、出口へと向かう通路の途中で前を歩く3人の女性たちの会話が聞こえてきました。

「あんなところで終わっちゃうのって感じだったよね」
「そうそう、何も解決していなかった」
「中途半端な感じがしたよね」

わかる。と頷き、自分も会話に混ざる寸前で我に返りました。

ストーリーは、手相占い師の母親・山田珠子(加賀まりこ)と、“忠さん” の愛称で親しまれる自閉症の息子・忠男(塚地武雄/ドランクドラゴン)が2人で暮らしている姿を描いたもの。近隣住民や作業場、グループホーム、行政など、さまざまなコミュニティとかかわるなかで、自閉症である忠さんのことを快く受け入れてもらえないこともしばしばあり、近隣トラブルを起こしてしまいます。

©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト

本作ではそのトラブルにより、悪化してしまった近隣住民との関係性が改善されないまま終わってしまいます。これが、映画鑑賞後の率直な感想が生まれた理由ですが、よく考えるとリアルな現実世界を描いているようにも思えました。

物語のなかでは自閉症の忠さんがトラブルの発端となっていますが、そうでなくとも、近隣住民とうまくやっていくのは、むずかしいと思うんです。運よく家族ぐるみで仲よくなれる人もいれば、話し合ってもお互いを理解し合えない人もいるし、何となくあいさつを無視されて気まずい人もいる。たまたま近くに住んでいる人というだけで、実際はどんな人なのかよく知らないことが多いわけですから、少々うまくつき合えないくらい、ごくあたり前のことだなと思ったんです

©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト

でも、そこからトラブルに発展するかは、少しでも相手の行動に対して「何で?」と疑問を持てるかどうかだと思います

トラブルを解消できなかったうちの1人、乗馬クラブの今井奈津子(高島礼子)が忠さんと鉢合わせ、「なぜこちらを見ているのだろう」と、いぶかしげに忠さんを見る。映画はこんなシーンで幕を閉じます。たしかに何も解決はしていないのですが、解決への兆しが見えたような気もしました。

実は、忠さんは馬が好きで、ぬいぐるみを集めては毎日かわいがっている様子が映画で描かれています。乗馬クラブの今井さんも、忠さんが馬好きであると知れば、トラブル解決の糸口になり得る可能性は十分にあります。そんな可能性を含んだシーンでした。

相手のことをすべて理解するのは無理でも、相手の行動に対して疑問を持つ。そうやって、少しでも穏やかに生きられたらいいな、そんなことを考えました。

 

このシーンが気になった!

 

忠さんの50歳の誕生日の日、珠子は忠さんのために誕生日ケーキを用意します。ケーキにささっている50本ものローソクの火を消そうと忠さんが立ち上がった瞬間、何とぎっくり腰になってしまったのです。珠子は「私でもなったことないよ」などと声をかけ、忠さんの肩を担いで和室まで歩くと、そこで2人とも倒れてしまいます。

©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト

そうしてふと「このまま本当に共倒れになってしまうのではないか」と気づいた珠子が、忠さんに対し、「この家を離れて、私と離れて暮らせる?」と問いかけます。そのときの加賀まりこさんの表情が切なくて、情けなさそうで、でも息子は私を必要とするはずだとどこか自慢げでもあって、息子を思う母親の気持ちが、痛いほど伝わってきました

その後、「母さんと一緒のほうがいいよね」という珠子の問いかけに対し、忠さんは即座に「お嫁さん」と答えるのですが、この空気感が絶妙で、本当の親子のように見えました。

鑑賞後は、じんわりとあたたかい気持ちになれます。ぜひ劇場でご覧ください。帰り道、いつも見る景色が、やさしく見えると思います。

 

作品情報
『梅切らぬバカ』
公開日:11 月 12 日(金)よりシネスイッチ銀座ほか、全国ロードショー
監督・脚本:和島香太郎
出演:加賀まりこ、塚地武雅、渡辺いっけい、森口瑤子、斎藤汰鷹
公式サイト: https://happinet-phantom.com/umekiranubaka/

©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト

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